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源氏物語を読みたい80代母のために 19

 母から電話来ました。
「ぜんぶ読んだ!」
 おおー、凄い!「ひかるのきみ」新書版全17冊を読破したと!素晴らしい!
 暫く多忙で読む暇がなく「東屋」の辺りで停滞していた母ですが、
「浮舟の自殺未遂あたりから止まらなくなって、出家したところまで一気に読んだんやけど、昼間も内容が頭に残って続きも気になってソワソワ落ち着かなくって……」
 と。
 ハイ、まるっきりオタクの挙動ですね。まことに血の繋がりというものは濃ゆうございます。
「最後!最後あれで本当に終わりなの?!」
 予想通りのご感想もいただきました。
 おそらく当時の読者も皆同じことを思ったであろう、「夢浮橋」ラストの超絶ぶった切り。
 私は知ってたけど、訳しながら辿り着いてみたらばこれが予想を遙かに超えた梯子外され感で、うおおってなった(語彙力無し)。
 すっごい崇高で深遠な意思をかんじる、とかそういうものでは全然なく、
「うん、もうこれでいっか。ハイやーめたっと☆」
 みたいなライトさ加減なのだ(個人の感想です)。
 ただ私としては本当にここで切ってハイ終わり、とするには忍びなかったので、例によって女房ズの阿鼻叫喚っぷりを入れて「ひかるのきみ」終了としたわけですが。

 母曰く、
「ラストについて貴女がどう考えたか、女房さんたちの会話で腑に落ちた」
 ですと。うんうん、よかったよかった。
「私もこんなに年取ったけど、若い頃の好いたはれたみたいな気持ちを久しぶりに思い出したわ……(遠い目:電話だけど)ほら、人から聞いたり、色々ね❤」
 そんな昔の話とは思えない、人の心や行動がよく理解できる、何も今と変わりない。
 遠い日の乙女心に思いを馳せつつ、以前から繰り返した感想を、全編読みおわったこの時にまたしみじみ実感したと。
 いやいやいや凄いですわね源氏物語って!
 この時母にも一説ぶってしまったけど、ここまで残って来た最大の理由のひとつは紫式部の
 絶妙なバランス感覚
 だと思うんですよね。
 基本的には一定の距離を保ち、あくまで客観的で冷静なスタンスでいながら、時折自身の思い入れや読者への働きかけといった「ほんの少しの距離詰め」がちらほらとほの見えるわけですよ。これがまた実によいタイミングと程よい分量で、否応なく物語世界に引っぱりこまれる。普遍性と独自性の心憎いハーモニー、男女を問わず時代を問わず受け入れられ愛されて来たのも納得です。
 そこそこ読書好きではあったものの、越前和紙手漉き工場を切り盛りする伝統工芸士として多忙を極めていたこともあり、あまり長いものは読めなかった母。その母が、
 80代にして初めて!翻案とはいえ源氏物語五十四帖を読みこなした。
 この物語自体が持つパワーと吸引力がいかに強いかと言う証左ですね。
 ところで「あさきゆめみし」はどうした?読めた?と聞いてみたら、
「ちょっとだけ読んだ。けど、アレ?この場面これだけ?ってちょっと物足りない感じが……全巻読んだ復習にって思ったんだけどやっぱりわかりづらいのよね、人間関係が」
 な、なるほど……初めの方は結構話がアッチャコッチャ飛ぶもんね。えっ今時系列どうなってる?!ってなるしこの人誰だっけ?!ともなるし。
「その点、宇治十帖はよくわかった」
 登場人物限られてるのと、物語としての完成度の高さかな。ふむふむ。
 源氏物語のハードルの高さは  
 大長編であること
 の次に、
 登場人物の多さ、複雑さ
 があります。
 これ、書いてた当時の読者にとっては
 よくある身近な関係性
 だったと思うんですよ。宮仕えしてるような女房さんたちにとっては、上つ方から下々に至るまでの「血縁関係」「力関係」「それぞれの官職や位階」を踏まえておくのは基本中の基本。対人の最前線を担う仕事ですから、相手がどういう身分で誰とどう繋がってるか、常に最新情報を入れつつ判断せねばならない。官職が変わる度にやたら呼び名が変わるのも、女房さんたちが本名じゃなく地名や親兄弟の官職名で呼ばれるのも、完全に日常そのもので、特にややこしいという感覚はなかったでしょう。
 全体からみれば極少数派の貴族社会の中で読まれていた物語ですから、「原文に忠実な訳」をそのままの形で提示するのは、前提知識のない現代人にとって厳しいのは当たり前。わからないを放置したまま無理くり読み進むには長すぎる。そりゃあ挫折もしようってものです。やっぱり入口を広げるには、多少の補助やアレンジは必要かなと思うんですよね。

 そこで、母の「復習」のためにも、ちょっくらビジュアル的な簡易説明(四コマ漫画とか?)的なのも考えてみようかと思います。「玉鬘十帖」みたいな超ドラマチックで面白いエピソード群も多々あるのに、イマイチ知られてない。そこまで行きつく人が少ないから。日本が誇る超絶ロングセラーの名作で、登場人物もエピソードも豊富だというのにこれは如何にも勿体ない。
 大河も決まったことだし、新たな二次創作はもちろんのこと、願わくば「あさきゆめみし」以来の全編コミカライズに挑む漫画家さんが出てきたらいいな(私は無理w)。
 というわけでもう少しこのシリーズ続くかも。

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「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。