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46.落ち着かない

 平成の世になってまだ間もない頃、Xさんは会社の同僚とよくスキーに行っていた。
 その週末も土曜早朝に車で出発と決まり、集合場所に近いYのアパートに前日泊めてもらうことになった。XさんとZ、家主のYの女子三人である。
 一LDKの狭いアパートだったが、普段から仲の良いメンバーなので和気あいあいと過ごし、早めに就寝した。
 四時半に目覚ましが鳴った。
 寝起きの悪いXさんは中々布団から出られないでいたが、ZとYの会話に眠気が吹っ飛んだ。
「ねえY、何かここ変。落ち着かない。ぜんぜん眠れなかった」
「えっ……そう?ごめん、なんかさこの部屋、一か所空気の通りが悪いっていうか居心地よくないとこがあるのよ。布団の場所はずらしたつもりだったんだけど。ホントごめん」
「早めに引っ越した方がいいかもよ……Xちゃん、何とも無かった?」
「わ、私は全然……ほら私寝つきいいし!」
 熟睡しきっていたのが何だか申し訳なかった。
 会話はそれきりで、スキー旅行自体は何事もなく楽しめた。

 Yはその後も長くそのアパートに住み続けた。
 恐くないのかと聞くと
「うーん……まあ、その場所だけ避けておけば別に。家賃もちょうどいいし便利だから離れたくない」
 と言う。
 たしかに「出る」わけでもなく、何か不幸や不運が続くということもない。ある場所が何となく「落ち着かない」というだけなのだ。
 数年後、Zは結婚して会社を去り、翌年Xさんも出産を機に退職。同じ頃、ついにYは引っ越した。
 それから一年も経たないうちにYの結婚が決まった。交際開始から数か月でのスピード婚だった。
 本人から直接その知らせを受けて、
(落ち着かない場所を出たら落ち着いた?何にしろ良かった)
 数年越しの答え合わせのような気持ちになり、ほっともしたXさんだった。

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「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。