小学校の同級生のこと⑦

今週から1年生も給食が始まった。
出席番号順で、僕は牛乳係になった。
机を班の形にして、手を洗い、ナフキンを机に敷いてから、
給食当番はさらに白いエプロンと帽子、マスクをつけて廊下に並ぶ。
こんな格好をするのは初めてで、帽子はどれくらい深くかぶったらいいのか、
マスクはどうしても顎の方にずれてきたりするだとか、
テレビなんかで食堂?の人がやってる風になかなかかっこいい感じにはならない。 

他のクラスも同じようにして廊下にならんでいる。
先週の北本先生のブチ切れがあってから、
少しだけ、静かに並ぶことができるようになってきた。
パン・ごはん係・牛乳係・食器係・おかず係(大)・おかず係(小)・おぼん係の順でならぶ。
1組の方をみると、松岡先生を先頭にして同じように並んでいる。

みんな同じ格好をしているのでどれが誰だか、分からない。といっても僕はまだ2組の人の名前さえみんな覚えてないから1組は4人くらいしか知らないんだけどね。
前の方に、脇本先生の姿も見えた。
と、いうことは。
やっぱりだ。坂下くん、そうそう、たけちゃん。たけちゃんも並んでいる。たけちゃんは頭に特別製の帽子をかぶっているから、給食当番の帽子は被っていなかったし、マスクもしていなかったが、エプロンは同じようにつけていた。
「たけちゃん、給食当番できるんかな・・・。」
僕はちょっと不思議に思った。

「ほれ、川口くん、よそ見しないで行きますよー。」
和久井先生の声で自分がぼーっとしてたことに気づいた。
あぶねぇあぶねぇ。今日は記念すべき給食当番始めての日だ。

パン・ごはん係は給食室で、そのほかの係は調理室の前で、それぞれの担当する給食を受け取るようになっている。どちらも1年生と同じ階にあって、 
北門を入って右側に1年生の教室があるんだけど、その正面に給食室、その左側に階段と通路をはさんで調理室があった。

まだ慣れない1年生は、4時間目の途中から給食なので、他の学年はだれも来ていない。今日は一通り全部の係の説明を受けてから、それぞれの担当する給食を運ぶことになっていた。

和久井先生が、
「大きいおかず係さんは、ここで”しょっかん”を受け取りますー。1人では重たいから、かならず、2人でもつこと。」
と、いつものやさしい口調で説明してくれたが、僕はそれどころじゃなかった。


”しょっかん”というおかずの入った金色と銀色の間みたいな色でピカピカひかっている大きなバケツみたいなのや、銀色のこれまた見たことがない大きなボウル、銀色のおぼん、そして、網目でできたカゴに、”しょっかん”と同じ色をした皿が入ったものが、ズラーっと並んでいる。
その奥を見ると、さらにうーんと大きな、トトロで出てくるお風呂みたいなサイズの鍋がいくつもならんでいて、湯気がたちこめている。
白長靴と、帽子、エプロン、マスクを僕とは比べ物にならないくらいかっこよくきた調理師さんたちが手を止めて、こちらのほうを見て笑っている。
僕はほれぼれしてキョロキョロといろんな初めて見るものたちを見ていた。
そして、牛乳係になったのを、「しまった。」と思った。
今日は初めてだから、牛乳係も調理室の前まできたけれど、
明日からは牛乳係はここまで来ないで、給食室で受け取るからだ。
僕はもっともっと、その大きな鍋たちを見てみたいとおもった。

 「ほれ!川口くん。またボケーっとしてるよ!」
なんということだ。僕は。1年生になったと言うのに、
こんなに短い時間で2回も和久井先生に注意されてしまった。
やれやれ、だ。
 
「「1年2組、いただきます!」と、あいさつをして、自分の係の給食を受け取りますー」
和久井先生がそう言った。
「ほな、練習してみよっか。できる?」

和久井先生はこの数日で、
「ほな、練習してみよっか。できる?」
を、何回も言っていた。それが僕ら1年2組にとっての合図になっていた。

僕らは声を揃えて
「1年2組!!!!いーただーきまーすー!!」
と、大きな声で言った。

「そう言うと、調理師さんたちは、
「はいよー!たくさん食べてや!」
「残したらあかんでー。」
と、手を振ってくれた。

和久井先生が、
「ま、これは練習だから、まだ給食は受け取らないけどねー。」
と、笑った。
「もうはらぺこやからええやん。」
「先にもっていこーや。」
と、口々に僕らは言いながら、喋るたびに顎まで下がるマスクを持ち上げた。

一旦、おかず係やお盆係も引き返して、給食室に入る。

ここは調理室とはちがって、普通の教室っぽいけれど、並んでいるものはやっぱり違う。

調理室も給食室も学校探検の時にみたはずなのに、その時はまだ給食はなくてがラーンと棚があっただけだった。でも、今日はちがった。

パン屋さんで見かけたことのある、お正月に餅を並べるトレーを大きくしたやつみたいなのが、棚の高いところから、6−1,6−2, 6-3・・・と並び、下の段に3−1,3−2・・・と、続いていて、数えきれないトレーの大きくしたやつはきちっと整列していた。前にならえをしてるみたいに。

つぎにやっと、牛乳係だ。
銀色の、壁みたいに見えるのが冷蔵庫だ。
「ぐぅぉーー」という音を立てて、ピカピカした冷蔵庫には僕らの影が写っていた。
「指をはさまないように、周りに人がいないのを確認してから、ドアをあけますー。1年2組は一番左のドアですー。」
和久井先生が言うと、牛乳係の僕たちがそのドアをあけた。

冷蔵庫のドアとは思えないくらい、がっしり閉まっていて、絵本にでてきた金庫みたいだ。

ドアをあけると、冷たい空気と白い煙がでてきた。

「さみー!」「つめてぇぇ!」「おじいさんになる!!」
見ていた牛乳係以外の子達もおどろいた。

僕はさっき、牛乳係になったのを「しまった。」と、思ったのを、「しまった。」と思った。
牛乳係が担当するこの見たことがない大きな冷蔵庫。冷蔵庫の音や、ドアの重さ、
中も普通の冷蔵庫ではなく、棚が巨大すべり台みたいに、ローラーがついている。
なるほど、重たい牛乳瓶が入ったケースを、楽に引き出せるようになっているのだ。
銀色の冷蔵庫の中を見渡すと、紫のセロハンをつけた白い牛乳瓶が、黄色いケースにきちっと入って、それがまたパンやおかずと同じようにズラーっと並んでいる。
僕はこれから1週間、毎日この冷蔵庫のドアをあけ、中を見ることができる。
それだけで、牛乳係になってよかったと思った。
 

「そしたら、それぞれの担当する給食を、教室まで運びますー。は・し・ら・な・い・よ!」
と和久井先生が言うと、早歩きでそれぞれの係が自分の担当する給食を取りに行く。
僕はまだ、冷蔵庫の中をキョロキョロと覗き回っていた。赤い数字で「1℃」と書いてあった。温度計もあるんだな。上の方の黒いところから、冷たい空気が出てきているのかな。と、巨大冷蔵庫を見ているだけでたまらなくワクワクする気持ちになった。

「おぃ!そんなに中覗き込んでたら、こごえて風邪ひくぞ。後ろ渋滞してるで。」
ハッとする、今日3回目。やれやれ。 
赤いジャージと白いポロシャツ、黒いメガネの・・・えっと、川井先生だ。
川井先生と、松岡先生は年齢も身長も、メガネをかけているところも似ている。
 
僕は名残惜しい気持ちで、牛乳の黄色いケースを引き出して、同じ牛乳係の優子ちゃんとそれを持った。牛乳瓶が縦に5本、横に5本ならんでいる。重たい・・・。

ちょっと、牛乳係って大変かも、と、思ったけれど、明日もあの冷蔵庫を覗けるなら、それでいいや。

一度ケースを台に置いて、もう1ケース、10本くらいだけ牛乳瓶が入っているケースを冷蔵庫から引き出した。うん、これなら軽い。
各クラス2ケースずつあって、本数を台の上で合わせてから、1人1ケースずつ持つ。
川井先生に手伝ってもらいながら牛乳の本数を数えていると、となりに脇本先生がならんだ。と、いうことは・・・?
 


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