小学校の同級生のこと⑥

その人だかりのなかに、僕も入った。
脇本先生と、松岡先生、それに坂下くんと川井先生とが、中心にいた。

「さかした たける」

1組の赤い名札には、そう書いてあった。
1組の子達は得意げに、他のクラスの子達に坂下くんを紹介している。
 
「さかしたくんって言いにくいから、一組ではたけちゃんって呼ばれてるねん。」
「4時間目の国語の時にな、たけちゃんが机の周りを回って歩いてきて、「たけちゃん、先生みたいやなぁ。」って言うててん。」

先生たちは、そんな僕らに対して何を言うでもなく、一人一人名札を見ながら、
「あなたは3組の田村さんね。」「君は4組の高田くんか。」と、名前を読んでくれた。

「君は2組の川口健太くんか。じゃあかわちゃんやな!」
松岡先生が言った。
「かわちゃん」「かわちゃん」次々に周りにいた子達が僕をそう呼んだ。

幼稚園までは「けんちゃん」だったけど、苗字に「ちゃん」がついたのがちょっと面白かった。
 


体育館から教室に戻り、帰る準備をする。
僕たちの美山小学校では1年生はゴールデンウィークが終わるまで、集団下校をすることになっていた。

地区ごとに廊下にならぶ。1年生の先生を中心に、音楽の先生や図工の先生までやってきて、それぞれの先生が担当の地区の子達の名簿を見ながら確認する。

1年生の廊下は、まだ大きすぎるランドセルを振り回す子達で大騒ぎだ。

僕の住むマンションには同じ美山小学校の子達が30人もいる。
だから、地区ごとに並ぶといっても、僕が並ぶ列には同じマンションの子達だけだった。
人数が多いこともあり、僕らの地区には和久井先生と北本先生の2人が担当をしていた。

 
和久井先生はいつもよりもさらに眉毛をハの字にさせて、
「はい、前の子に小さく前にならえをしてから、すわりましょうー。声はいりませんー。」
と叫んでいたみたいだけれど、優しい言い方だったし、僕らはもう座っていたのでつい、自分には関係ないと油断してた。

僕は幼馴染でいつも公園で一緒に遊んでいる友達グループと、
「今日は家帰ったら公園で野球しようぜ。準備できたら公園集合な!」
「今日はサッカーするって昨日言ってたやん、だからサッカーしようや。」
と、わいわいしゃべっていた。
 
その時のことだ。

「あんたらっ!ええかげんにせぃ!!一回教室帰ってから、もう一回やり直しや!それが美山小の1年の並び方かぁ!!!」

北本先生がブチギレた。さっきまであんなにいろんな声が聞こえてきていたのに、一瞬で北本先生の声だけが、廊下に響き渡った。

 
僕は北本先生のすぐそばに座っていたので、
「しまった!!」
と思って、そっと上目で北本先生を見上げた。
 
北本先生は顔を真っ赤にしながら、さっき体育館で見た顔とは全く違う、
目も鼻も口も違う部品に交換したんじゃないか、ってくらい怖い顔をしていて、
僕は思わずすぐに下を向いた。

 
「さっさと教室にもどりなさい!!次は一言も喋らずに並んでみぃ!!」

北本先生の怒りは鎮まらない。
 
僕らはビクビクしながら、それぞれの教室に戻り、並び直した。
その時、他の地区の坂下くんと坂下くんのお母さんが見えた。
 
「そうか、坂下くんは登下校の時にお母さんがついてくるんだ。」
  
僕の頭の中に、「1年生やのになぁ。」という言葉が浮かんだけれど、すぐ同時に体育館で話をしていた脇本先生の言葉が浮かんできた。

「そうや、同じ1年でも、みんな違うから、坂下くんはお母さんと一緒で学校に行き帰りしてるんやな。」
 
そう思い直して、もう一度和久井先生と北本先生の待つ列に並んで座った。
北本先生はまだ、鬼のような顔で廊下全体を見ている。
 
背は和久井先生よりも小さいはずなのに、迫力のせいか、座っているせいか、北本先生が2mくらいに見えた。
 
「ほんまにっ。出来るんやから最初っからせぇっちゅうねん。明日も忘れたらあかんでぇ!他の学年のお兄さんお姉さんは今授業中やで。よっしゃ!ほな車に気をつけて帰るで!他の地区の子達、さようなら!」

 
どうやら怒りは鎮まったようだ。いつもよりも控えめに学年の廊下に1年生の「さようなら」の声が響いた。

北本先生が、
「ほんまにもうっ。今日私は機嫌が悪いねんから、怒らせるなっちゅうねん。」
と、ボソッと言った。同じ地区の子達でも、前の方に並んでいた僕たちだけに聞こえる声の大きさだった。
 
僕はびっくりした。
「え・・・。先生、機嫌が悪いから、怒ったんや・・・。先生にも機嫌が悪い時があるんや・・・」
それまで僕は、学校の先生は、お父さんやお母さんとは違って、特別な人のような気がしていた。
テレビに出ている人ほどではないけれど、その辺にはなかなかいないような、
選ばれた人が先生をしているもんだ、という感覚があった。

僕はその時、北本先生のその言葉にびっくりしたけれど、大人になってから、
「そうか、北本先生は裏表なしに、真正面から僕らに向き合ってたんやな。」
ということが分かった。
それに、本当に機嫌が悪いだけで、気分次第で怒るような人ではないということも、1年生が終わる頃にはみんな分かっていた。
だからこそ、僕らは怒ると怖い北本先生のことも、大好きになっていった。


この記事が参加している募集

#子どもに教えられたこと

32,956件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?