小学校の同級生のこと⑤

脇本先生は、ニコニコしながら話をはじめた。

「美山小学校には、1年生から6年生までの、1組、2組・・・というクラスとは別に
”なかよし学級”っていうクラスがあります。場所は、南校舎の1回です。
学校たんけんでもう見つけてくれたかな?」

学校探検の時にはドアがしまっていたけれど、5年生のクラスがある南校舎の1回に、廊下に下駄箱が置いてあるクラスがあったのを思い出した。
僕たちの学校は土足で教室まで上がる。母ちゃんはそれを知ってびっくりしてた。

たしかに、テレビで見る学校はまず上履きに履き替えているけれど、
土足で教室に入る学校があるのはここ、神戸市くらいらしい。

「なかよし学級っていうのはね、生まれた時から、とか、病気、とかで、
たとえば上手に歩くことができなくなったり、字が書けなくなったり、
他の子達とおんなじ教科書やノートで勉強するのが難しい子達のためのクラスです。そういう、”しょうがい”っていう、同じ学年の人たちよりも、
ちょっと多く困ったり、難しいことがあったりする子達が勉強しています。
今は1年生の坂下くんと伊川くんもあわせて、5人で勉強しています。
みなさんのクラスはだいたい35人くらいだから、うんと少ないよね。

けど、勉強する内容によっては、例えばみなさんが今やってる学校探検とかね、
自分のクラスの勉強に参加できる時は、なかよし学級じゃなくて、自分のクラスで勉強するって子もいるよ。


坂下くんは、一人で歩いたり、座ったり、ご飯を食べたり、お話をすることができません。
だから今日もね、私や川井先生がとなりについてるでしょう。

伊川くんは、普段の生活はみなさんと同じように送ることができます。
だけどお話したり、字を書いて考えたりすることは今は難しいの。
だから算数とか国語、の勉強の時には、なかよしで勉強しようかなー、と思っています。」

さっきまであんなに先生が話をするたびに、ワイワイガヤガヤしていた1年生が、
もちろん僕も含めて、ジッと脇本先生の”目”を見て話を聞いている。


「なかよしで勉強してる内容は、もしかしたらみなさんにとったら、
とっても簡単に見えるかもしれないし、遊んでるように見えるかもしれません。
だけどね、なかよしに来ている子一人一人にとっては、
みなさんが作文を書いたり、計算をしたりするのと全く同じ、
大事な小学校の勉強なんだよ。
「あんな勉強やったら僕もしたいなぁ。」とか
「私作文苦手やからなかよしで絵を描いてたいわー。」って言ってくれる子もいるけど、楽したり、遊んだりしてるわけじゃなくて、
なかよしの子達にはそれが大事な勉強なんやー、
っていうのを、この美山小学校の1年生にはよーく知ってて欲しいの。」

シーンと静まり返った体育館で、他の先生たちもとっても真剣な顔をしている。
僕たち1年生は入学してから、担任の先生より校長先生より、
脇本先生の話を一番真剣にきいていたような気がする。といってもまだ1週間だけど。
坂下くんが体育館の後ろをいったりきたりして、それを追いかける川井先生の靴音だけが聞こえている。

「いやー、でもあなたたちすごいわ。こんな難しい話を、こんなにしっかり、全員が私の目を見て聞いてくれた。ありがとう。さすが美山小の1年やね。
何かなかよし学級とか、坂下くん、伊川くんについて質問ある子はいるかな。」

静まり返っていた体育館の中に、ポツリポツリと小さな手が次々に上がって、
また、ワイワイとした空気が帰って来た。

「はい、3組の前から5番目の男の子。」

赤いトレーナーに体操ズボンの賢そうな子があたった。

「なかよし学級は、休み時間なら僕たちも行っていいんですか?」

「もちろんよ!なかよしの友達はうるさいのが苦手な子もいるから、
静かに過ごせない子や、人が多すぎる時は、
運動場行っておいでーって言うかもしれないけどね。待ってるね。
はい、次5組のうしろの方の女の子。」

髪の長い子がすっと立ち上がって質問する。

「なかよしの子たちは、お話ができないんですか?」

「他の学年の子には同じようにお話ができる子もいるけど、
坂下くんと伊川くんはみんな同じようにはお話はできません。
けどね、みんなが話しかけてくれていることは、きっととても嬉しいと思うし、
嫌なことを言われたら同じように嫌な気持ちになってるんだよ。
だからみんなからはどんどん、楽しかったこととか、授業のことをお話ししてね。」

「じゃあどうやって坂下くんや伊川くんが思ってることを先生はわかるの?」

別の子が聞く。

「そうやねぇ。実は先生たちも、「こうじゃないかな」「こうしてみたらどうかな」「これは嫌がってるからやめとこう」って、はっきりは分かってないけれど、
ちょっとずつ確認しながら、かな。もしかしたらみんなの方が正確に分かるかもしれないよ。その時は先生たちに「こんな風に思ってるんちゃうかー」って教えてね。」

脇本先生は、僕たちにも分かりやすいように、いろんな質問に答えてくれた。

その中に、こんな受け答えがあった。

「いろいろ出来ないことがあるって言ってたけど、それってまだ赤ちゃん、ってこと?少しずつ1年生になるん?」

その質問に、脇本先生の垂れ下がってた目が、キュッと、しまったように見えた。

「質問してくれてありがとうね。これは他のみんなもよーく覚えてて欲しいの。
なかよしの子はね、みんなと同じようには出来ないこともたくさんある。
いくら練習してもみんなみたいには出来ないままかもしれない。
けどね、みんなと同じ1年生なんだよ。なかよしの子に限らずね、
一人一人できることは違うでしょう。もう字が書ける子もいるかもしれないし、
かけっこが速く走れる子もいる。
背が高い子、優しい子、力が強い子、まわり見渡してみて。
おんなじ子いる?いないでしょう。
けど、みんなちがうけど、みんな同じ美山小学校の1年生でしょう。
坂下くんと伊川くんもあなたやここにいるみーんなとおんなじ
美山小の1年生なんよ。」

質問した子は、「ふーん。」と、コクコクとうなずきながら座った。
僕も「ふーん。」と、思った。そりゃそうか、とも思った。
なんだかとっても当たり前のことのようで、
だけど、今までなんとなくモヤモヤしていたものが、すっきりした気分だった。

チャイムが鳴り、そのまま体育館で解散して休み時間。
坂下くんと川井先生、伊川くん、脇本先生の周りにはそれぞれ人だかりができていた。



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