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第3話『お前はもう息子じゃない』

 ボクが転んで押し倒してしまった女性。
 その顔にべったりとボクの精液が付着していた。

「……キ」

「キ?」

「――キャァァアアアーーーーッ!!!!」

 女性が絶叫した。
 廊下の電気がパッと点いて、ドタバタと足音が2階から降りてくる。

(マズい! どうしよう、どうにかしなきゃ!?)

 と思いはするものの身体は動いてくれなかった。
 そこへ家族たち……父と母と、それから弟が到着する。

「テメェエエエ!? なにしてやがるぅううう!?」

「いや、ちがっ……ギャッ!?」

 女性に覆いかぶさっていたボクを、弟が突き飛ばした。
 それから彼女を抱き起こす。

「ココロっ! しっかりしろ、ココロ!」

「ひッ……あ、あ? ユウキ、くん?」

「そうだ、オレだ! ユウキだ! しっかりしろ、なにがあった!?」

「ユウキ、くん……ユウキくんユウキくんユウキくんっ!」

 2人が抱き合う様子を、ボクはただぼうと眺めていた。
 逃げることも、弁明することもできないままに……。

     *  *  *

「よくもッ! ココロをッ! 襲おうとしてくれたなッ! このクソ野郎がぁあああッ!」

「痛っ……ぐっ、ぉげぁ!? や、やめっ……!?」

 翌日、ボクは弟から暴行を受けていた。
 父は弟を止めようともしなかった。

 ならば、と母に助けを求めようとするが見当たらない。
 どうやらあの女性(ココロという名前らしい)に付き添っているようだった。

 ……は? いやいや、なんで?
 どうして息子のボクよりも、赤の他人を優先してんの?

「このッ! クソがッ! クズがぁあああッ!」

「いっ!? ぐぎっ!? ガッ……!?」

 何度も、何度も蹴りつけられる。
 それがいったい、どのくらい続いただろうか?

 ようやく父が「ユウキ」と言葉を発した。
 名前を呼ばれた弟は、荒い息を吐きながら最後にもう一撃ボクへと食らわせて、離れた。

「ぃ、あ、あぁ……ひっ、ひっ、おえぇっ……」

 ようやく暴力の嵐が終わった。
 ボクは高校時代に受けたイジメもフラッシュバックし、何度も床へと吐き散らかしていた。

「聞こえているか、テイマ。今回ばかりは俺も許すつもりはない。このままじゃ向こうの親御さんにも示しがつかん。だから――今すぐこの家を出て行け」

 父がそう宣告した。
 ……はぁ? 出て行く? このボクが!?

「は、ははっ。ボクのことを捨てるって言うの、父さん?」

「……」

 父からの返答はない。
 ただ冷たい目でこちらを見ていた。

「いや、ふざけんな……ふざけんじゃねぇよ! ボクはお前の息子だろうが! 養うのが親の義務だろ!? ……お、おい? 待てよ、待てって! 待ってくれよぉ!?」

 父は無言のままボクの襟首を掴むと、そのまま引きずって移動しはじめる。
 向かっているのは……玄関!?

「い、イヤだ!」

 あたりの物にしがみついて抵抗する。
 だって、ボクはなにも悪くない!

「いったい、ボクがなにをしたって言うんだよ! あれは事故だったんだ! なにもやってねぇよ! 階段から転んだだけで!」

「いい加減にしろよこのクソがぁあああ!」

 弟のつま先が、ボクの腹に突き刺さった。
 口から吐瀉物が吹き出した。

「うぉぇえええ……ゲボッ、ゲボッ! な、なんで……なぁ、父さん。父さんなら信じてくれるでしょ? ボクは息子だもんね? 信じてくれるよね? ボクは襲ってなんか……」

 そう、父へとすがりつく。
 すると、ついに玄関の直前でついに立ち止まってくれた。

「と、父さんっ! やっぱりボクたちは親子だよね! ありがとう、わかってくれてうれし――」

「テイマ。俺にはもう、お前の言葉が信じられん」

「は?」

 なにを言っているんだろう、コイツは?
 ボクはお前の息子だぞ?

「俺にはお前の言葉なんぞよりよっぽど、初対面だろうとユウキの連れて来た彼女のほうが――”将来の娘”のほうが信じられる」

「なに、言ってんだよ」

「テイマ。はっきり言おう。お前は……」

「――お前はもう、俺の息子じゃねぇ」

 それはまるで遠い異国の言葉のように聞こえた。
 理解出来ない。理解、したくない。

「い、イヤだ……イヤだイヤだイヤだっ!」

 耳を塞いで、わめく。
 聞いてない。聞こえてなんてない!

 これからもボクはこの家に住み続けるんだ!
 だって、ここは自分の家なんだから!

「テイマ、2度と俺に顔を見せるな」

「さっさと消えろ、クソ野郎」

 ボクは父と弟によって、玄関から外へと叩き出された。
 裸足のままで地面を転がる。

「うぐっ……ま、待って」

 ボクはすぐさま家に戻ろうとした。
 しかし……。

「帰ってくんなよクズ。そこから1歩でも近寄ってみろ。ぶっ殺してやる」

 弟が玄関の傘立てに刺さっていた金属バットを抜いた。
 ボクたちがまだ小学生だったころ、3人で野球遊びをした思い出の品だった。

「なぁ……ウソだろ? ウソだよね?」

 ボクは信じられず、家へとさらに1歩近づいた。
 次の瞬間、鼻先を金属バットが掠めた。

「ひぃいいいッ!?」

 尻もちをついて倒れる。
 ツーっと自分の鼻から血が垂れ、ポタポタと服に赤い斑点を作った。

 フルスイングだった。
 もしあと半歩近ければ、頭に当たって死んでいた。

「なん、で」

 死んでも構わない、という意思があのバットには込められていた。
 本気でボクはもういらないってこと?

「あっ、あぁっ……」

 下半身に生温かいものが広がった。
 ちょろちょろと情けない音が響いた。

 弟がバットを構えたまま、こちらへと踏み出してくる。
 瞬間、ボクは感じた。

 ――殺される!?

「ひぃッ……ひぁッ……あ、ぅああああああぁぁぁあああああああああッ!?」

 ボクは背を向け、全力で逃げ出した。
 自分の家から、そして家族から……。



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