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たまり場 すかんぽ(大阪・谷町六丁目)

本来ならば、一緒に初詣でもと誘いたかったが、年越しの予定は当直で埋まってしまった。こういう時、この仕事を選んだことを後悔する。しかし、年内最後の大阪出勤の日がレミの仕事納めの日と重なったので、その日に会うことになった。

レミに指定された、前回来た耕平の家からもほど近い店の前に着くと、彼女は既に席に座ってメニューを覗いているところだった。
「レミさん、仕事大丈夫だった?俺は、今日は必ず定時に終われる、と思って誘っちゃったけど」と聞くと、「大丈夫!最近仕事暇やねん笑 今、店9時までしか飲めないからはよ食べよ、飲も」と返ってくる。
レミから、「仕事が暇」という言葉が出るのは意外だった。

「この いちぼ揚げ ってのがめちゃくちゃ美味しいから頼も。蒸し豚もマストやな。チヂミ、サイズどうする?」
と嬉しそうにビールを飲むレミを見て、こちらも笑顔になる。関西に来て、最初の年が終わろうとしているが、彼女に出会えて本当に良かったと、陳腐ではあるが改めて思う。

「サトル君も、こっち慣れた?最初の年がこんななんてつまらんよなあ。一応、私、大学が京都やったやん?だからまあまあわかるんよ。本当はもっと一緒に木屋町とかで飲み歩いたりしたいけど、そんなわけにはいかんしな。残念やな」
コロナ禍も、いつか終わるだろう。一緒に飲み歩いたりするのは、その後では遅いのだろうか。

いちぼ揚げが届く。ホルモンの唐揚げと言うのだろうか。今まで食べたことのない食感と肉の旨味に感動する。「この世の500円の食べ物で一番美味しいねん」とレミが言うのも納得だ。ビールが進む。チヂミも、焼いたというよりは揚げたようなサクサク感が新しい。



キムチがたっぷりと添えられた蒸し豚をつまみながら、「そう言えば、レミさんは年末年始どうするの?」と聞くと、「実家」と返ってくる。
「本当は帰りたくないんよな。親、色々うるさいしな。仕事もどうなるかわからんて言うたらまた怒られるやろな。妹のとこに孫生まれたし、もう私は自由に生きて良いと思ってるんやけどな。あ、ごめん話しすぎたわ」
妹がいる、と聞いてはいたが、詳しいことは何も知らない。仕事についても、二人の間では全く話題に上がらない。そもそも、自分にはレミの仕事内容のことはよくわからないし、彼女も同じだろう。全く違う環境で頑張っている女性、というところに惹かれているが、分かり合えないことも多いのだと改めて思う。


「まあ食べよ!今日は食べて飲んで年忘れするための日やろ?」
追加でホルモンと、タコのキムチ和えをオーダーする。京都の、それも中心部にいると、あまり韓国料理を食べる機会はない。大阪では、ここからもそう遠くないコリアンタウンがあるのはもちろん、いたるところに韓国風の店があり、皆が日常使いしているらしい。

「私も大概やけど、サトル君もよう食べるよなあ。今の若い子って、皆ほっそいし、食べんし飲まんやん?なんかサトル君もパッと見そんな感じやけど。沢山食べれる人で嬉しいわ」
自分は、レミのことを女性として好きになっている。だから、もっと彼女の好きなものや店を知りたいと思うし、一緒に時間を楽しみたいと考えている。もちろん、今は言葉で関係を形成しているわけではないが、いずれは、と先のことを妄想したりもする。ただ、いまだに彼女の意図が分からない。好意だったり、付き合いたいというような素振りは、初めて寝た日以降も全く見せてこない。あの日、寝たのが駄目だったのだろうか。しかし、その後もこうして会っているし、夜、京都まで来てくれたこともあった。ただ、こうして向かい合って飲食を共にしている時に感じる、ある種の素っ気なさというか、距離感が、自分をその先に踏み込ませることを阻む。今までの自分に経験がなかっただけで、ただの飲み友達と気まぐれに寝る、なんてことは、どこの世界でも極一般的なことで、そこに深い意味なんてないのかもしれない。

普段飲まないマッコリが、思ったより効いてくる。閉店までは、あと1時間もない。この先どうするかは、お互いにまだ言い出せていない。ここからレミの家まではそう遠くないと聞いたが、いきなり付き合ってもいない女性に、家に行ってよいか聞くのはやはり失礼に値すると踏みとどまる。

ラストオーダーを飲み干した時、「もうちょっと話したいから、どこか泊まらない?」と、下心満載の言葉が出てしまい後悔したが、「アパホテルならまだ取れるかな」と、レミが笑ってくれたので安心する。
「なんか、どこかの芸能人か議員かの安い不倫みたいやけど。まあもうちょっと飲みたいし、私も話したい」

店を出て、酔い覚ましがてら一駅先のホテルまで歩く。今度はしっかりと手をつないだ先にいる、自分とそう変わらない背丈の彼女は、少し赤い顔で、
「来年も、再来年もどうなるかわからんけど。まあ今が楽しくて、辛くてもちょっと耐えられるくらいだったらええよな」と苦笑いしながら言った。


お店情報
たまり場 すかんぽ
大阪・谷町六丁目
居酒屋、韓国料理
たまり場 すかんぽ - 谷町六丁目/韓国料理 | 食べログ (tabelog.com)

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