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bistro D(大阪・阿倍野)

サトルと飲んだ翌日、大学時代からの飲み友達のユウカから、「週末飲むぞ」とLINEが来て、前日手当たり次第に友人へ電話をかけていたことを思い出した。
「レミが深夜に電話なんて珍しいやん。何かあったん?仕事?男?まあ何でも聞くし、こっちまで下りてきてや」
私は普段、キタかナカが主戦場で、行っても難波か上本町くらいまで。天王寺以南には明るくない。時々、文の里に住みハルカスにあるオフィスに勤めるユウカに会う時に行くくらいだ。ユウカも昔から外食が好きで、京都時代から2人で散々飲み歩いてきた。

「阿倍野警察のあたりに面白い店があるから行こう」との呼びかけで、谷町線から阪堺電車を乗り継いで、松虫で降りる。ユウカが指定したその店は、わかりにくいビルの2階にあり、スナックの居ぬきみたいな入り口と内装だった。

「レミ、迷わんかった?まああんた地図強いしいけたか。ここ、凄いやろ?けど味は絶品だから。楽しみにしてて」
黒板に書かれた料理はどれも安い。卓上に置かれたドリンクメニューを見ると、なんとボトルワインが1200円だ。とりあえずビールで乾杯して、すぐワインにうつるのが良いだろう。

「で、男?仕事?あんたの最近の男関係って、タクミ先輩以外いたっけ。腐れ縁よなあんたら。もうゼミの女子でも私とあんた位やで、独身なんて」
ユウカがビールを一気に半分くらい飲んでまくしたてる。ユウカは昔、アルバイト先のカフェにもよく遊びに来ていて、タクミを『いい男』と絶賛していたのを思い出す。
「で、男やろ。どこの誰なん?」
思えば彼女は、自身もよく遊んでいるからなのか、人の色恋にも目ざとい。
「まあ男。ただ、寝てない。タクミさん以外」
今日は土曜日だ。まだまだ夜は長い。とりあえず適当に答えたところで、一人一つずつ頼んだアボカドグラタンが置かれた。

見た目以上にボリュームがある。半分に切られたアボカドの皮に、その中身がエビやコーンとともに詰められている。焼いたチーズの匂いが最高だ。
一口食べると、「これ最高だから一人一個ね」と、ユウカが推した気持ちがすぐに分かった。
「で、何の人?」「年、仕事、どこで会った?」
「北浜のおしゃれ立ち飲み屋。年下。京都に住んでる医者」
「なにそれ笑 あんた頑なにアプリとかやらんからなんやろおもたらナンパなん?で、年下の医者?」

ユウカをはじめ、まだまだ遊びたい盛りの友人も、最近結婚した友人も、相手はアプリで見つけるのが令和の常識らしい。私の恋愛は平成で止まっている。街で遊んでいたら出会う。意気投合して寝たり付き合ったりする。どうしても、iPhoneの中の出会いに自ら向かう気にはなれなかった。それが、男日照りな毎日の一番の理由だといえばそうだ。この数年、年に数回会うタクミ以外と関係がないのは紛れもない事実で、しかもそのタクミの周りには常に何人も、しかも自分よりもずっと若い女が沢山いるのも百も承知だ。今更タクミとどうにかなんて考えないし、いくらいい男でも、昔寝た男はとっくに上書き保存されていて、「恋愛」の対象からは外れている。

「これもめちゃくちゃ美味しいから食べて。すごいボリュームやろ。鴨、こんな一度に食べることある?」
鴨のソテーは、1000円ちょっとの値段の割に量も多く、大満足な味だった。1200円のワインも、どこのものかはわからないが、料理の味が美味しいからか、値段を感じさせない。この店のマスターは、去年消費税が上がったことを知っているのだろうか?ユウカが言うには、もともとは一流ホテルで働いていたとのことだが、そんな雰囲気は感じさせない人だ。だた、マスクはつけて簡易なパテーションはあるので、コロナについては知っているようだと笑ってしまう。何が言いたいかというと、時代の流れを理解しているか不思議になるほど、値段の割に美味しいということだ。

「ナンパというか。まあナンパか。銀行の同期と飲んでたら、その医者の連れの男の子が話しかけてきて4人で飲んだ。そこから何回かご飯行ってる。見た目は一瞬タイプかな、と思ったんだけど、話したらやっぱり違う世界の人なんよな。なんかやけに真っ直ぐだし、申し訳なってくるくらいな感じかな。忙しいのに大阪来てくれるし、なぜか毎回出してくれるし。慣れないながらも頑張ってお店予約してくれたり。ほら私、いままで文系とかちょっとアートかじってますよ、みたいな人としか遊んでこなかったから。しかも揃ってお金ないやつ。タクミさんは最近景気よさそうだけどね」
ユウカと飲むと乗せられてしまう。他の友人とよりも早いペースで飲むからなのか、彼女の引き出し力が大きいのか。

ワインは既に一本空いた。二本目を頼んで、延々とつまんでられそうなバーニャカウダを追加する。
「え、チャラい方の医者じゃないんや。そんな北浜のチャラい店で飲んでて?」
「チャラい店って。ユウカはおっさんの店で飲みすぎやって。田舎の大学から出てきたばかりみたいで、多分学校の同級生としか付き合ったことないタイプだよあれ。友人に連れられて、って感じだったしな。ただ、何考えてるかはわからん」

サトルとは、6月から会い続けている。距離も仕事もあるし頻度は少ないが、最初の日を入れたら、もう5回も酒を共にしている。関係の進展以前に、なかなか2軒目までも進めていないのだが、干からびた日常が長すぎたせいで、大人の恋愛というものがよくわかっていなくて、そもそもこれがお互いにとって恋愛なのかどうかさえもわからない状態だ。ただ、3日前に感じたやきもきした気持ちや、彼をもっと知りたいという思いだけは本当なのだと、人に話すことでようやく実感する。

「レミ。あんたが仕事好きなのはわかるし、結婚ゴールの女じゃないってのは、私が一番よく知ってる。でも、もう私ら31やで。寂しくない?私は、普段は強そうに見えるかもやけど、めちゃくちゃ寂しいんよ。だから、アプリ使って男に会うし、あわよくばこれが最後のマッチングになりますように、っていつも思ってるわ。けど、なかなかぴったりはまる人なんていないんよ。相手、医者やろ?それって、みんな、喉から手が出るほど欲しがる相手やで。レミがどう思ってるとか、相手がどう思ってるかとか置いといて、ちょっとでも良いなって思ったんなら、早よ行った方がいいんちゃうん?今はまだかも知らんけど、その医者、その辺の看護師とかにすぐ食われるで」
ワインを一気に流し込んだユウカは、赤い目をしている。
「うん。また会って考える」
私には、もうそれしか言えない。
「上手くいってもいかんくてもそれはそれ。とりあえず30女は、踏み込んでいくことが大事やから」
沢山の恋を重ねてきて、終えてきて、それで強くなったユウカの言葉には説得力があった。

気付けばワインは三本空いていて、大満足に食べたにも関わらず、それでも2人で8000円いかない勘定に驚きながら店を後にする。
「酔ったわ。すぐやしタクシーで帰る」というフラフラのユウカをすぐ来た車に乗せ、私は初めてサトルに電話をかけてみた。数十秒経っても呼び出しコールはやまず、「ただいまこの電話は通話に出ることができません」と、女の声のアナウンスが夜に響いた。


お店情報
bistro D
大阪・阿倍野(松虫)
バル、イタリアン
bistro D (ビストロ D) - 松虫/イタリアン | 食べログ (tabelog.com)


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