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(食)ましか(大阪・肥後橋)

リーマンショックがあり、東日本大震災が起き、経済が低迷どころか混乱していた時代に学生生活を過ごし、大学を卒業した。不景気は、大人たちの間だけのものではなく、私たち若者に与えた影響も大きく、アルバイト先を探すにも苦労した。この春から始まった新しい空気は、どことなく当時のそれに似ている気がする。

私たちは、少しでもそんな澱んだ毎日を忘れようと、安い居酒屋で時間を潰し、誘われたら誰の家にでも行ったし、誰でも家に上げた。一人になって、考える時間を作りたくなかった。先の見通せない将来のことなんて、一ミリも考えたくなかった。私はなんとなくラッキーで割と安定した正社員の仕事を得れたが、一筋縄ではいかなかった友人も多い。

それは女の子だけでなく男の子も同じで、だから何が言いたいかというと、同世代の男の子に何かを奢ってもらったり、買ってもらったりということは、ほぼ皆無の人生を歩んできた。いや、その後景気がマシになって、良いお給料をもらうようになった人も沢山いるけれど、あの空気感を忘れることはできないのか、私自身が単に男好きするタイプでないだけなのか、とにかく目の前に気前の良い男の子が現れたことはなかった(バブル世代を経験したオジサマ方は除いて)。

サトルは、一応年下だ。社会に出た年数も、自分の方がずっと長い。そして、サラリーマンを長年している気ままな独身貴族の私は、特に金銭的に困窮しているわけではないと思う。お金、お金と考えてしまうのは汚いが、不景気で育った身なので許してほしい。つまり、いくら高給取りが保証されている職業とはいえ、サトルが毎回私に一銭も払わせようとしないことが不思議でならない。

先月京都に行ったときに、次はまた大阪で、と言われたので、サトルの大阪勤務の後に飲みに行くことにした。大阪に来たばかりの時に会社の先輩に教わってからよく行っていたが、今年になって足が遠のいていた「ましか」を提案したのは私だ。淀屋橋のクリニックからもそう遠くないはずだ。

店に着くと、既にテラス席まで満杯だった。平日だというのに、やはり人気店だけある。去年までと変わらない賑わいに心躍らせていると、「道に迷った」と言っていたサトルが、5分ほどで到着した。

まずは、冷蔵庫からハートランドをそれぞれ取り、乾杯する。よく冷えていて美味しい。カウンターの黒板を見て、今日は何を食べようかと悩む時間が楽しい。毎回マストでオーダーするもち豚のパテと、ショーケースに入っていたアテをいくつか頼む。

「凄い賑わってるね。あ、これ全部ここでオーダーするんだ。あんまこういう店来ないから新鮮だわ」「ワインもここから出てくるんだ、よく来るんでしょ?レミさんのおすすめのもの食べたいし、何でも頼んで」サトルが普段どういう店に行っているかは知らないが、私は味はもちろん、ここの雰囲気が好きだ。

ムール貝を頼んで、冷蔵庫に入っているフルーツワインを取った。サトルは、サーバーからワインを選んでいる。和食や居酒屋でないからこその味付けの鯖のきずしも外せない。

料理の感想など当たり障りのない会話を続けながら、横にいる男とのこれからを考える。普段の連絡こそあまりしないものの、もう会うのは5回目で、40kmもの距離もあるのにこうして何もなく誘ってくるのがよくわからない。まだ関係も持ってないし、恋愛がらみの話もしない。わかっているのは、2人とも独り身だということだけで、それも最初の日にアンナが振るのでお互い答えたから知ったまでのことだ。

「パスタも全部美味しそうで迷うね。何食べたい?」と聞かれ、いつも頼むラザニアではなく、シーズンで出ているものを頼む。

幾度か会っているうちに、この人とは合わないのではないか、という疑念は強くなっていたが、反対に、合わないから何なのだ、という思いも湧いてくる。今まで、自分とぴったり合う人ばかりを探して失敗してきた。もしかすると、この人とは、何も面白いことは起こらないかもしれないし、自分の知らない世界を見せてくれるかもしれない。ただ言えるのは、まだ判断すべき時ではないということだけだ。これからについても、一度寝るだけについても。

トイレから戻ると、既に支払いが終わっているようだった。今回も、サトルは、「いいよ」と言い、私に財布を出させない。進まない関係にやきもきしながら、お互い明日も仕事なので、今回も一軒で別れる。ここから自宅までは、この季節であれば歩いて帰れる距離だ。夜の中之島をほろ酔いで歩きながら、友人何人かに電話をかけてみるがつながらない。そもそも私がサトルを好きかどうかという以前に、彼は私をどう思っているのだろう。この考えが頭に浮かんだのは、なぜか今日が初めてだった。

お店情報
ましか
大阪・肥後橋
イタリアン・バル
(食)ましか ((食)ましか Platform of "EAT") - 肥後橋/バル・バール/ネット予約可 | 食べログ (tabelog.com)



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