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沈黙の艦隊を読みすぎたらどうなるのか?

   


  
    

   地政学マンガの金字塔

「牢獄の庭を歩く自由より、嵐の海だがどこまでも泳げる自由を…私なら選ぶ…」
沈黙の艦隊でも一二を争うカタルシスワードだ。 
この主人公による決意表明のあとアメリカ第三艦隊に対し、名刺代わりの魚雷が放たれ戦端がついに開かれることとなる。
1988年に連載を開始した「沈黙の艦隊」は、かわぐちかいじ氏の出世作であり、あの石原慎太郎氏が絶賛した地政学マンガの金字塔だ。
地政学マンガと小難しいことを書いたが、メインとなる描写は「潜水艦」での戦闘シーンであり、そこだけを読んだって十分に楽しめる。
ここに政局、外交、友情などが絡み、物語を深淵なるものに昇華させているのだ。


   

   冷戦終結という最大の危機

本作品は連載開始が1988年であり、当初ソ連が存在するという前提で描かれていた。だが1989年にドイツでベルリンの壁が崩壊してからどうも雲行きが怪しくなる。
なんたって地政学マンガだ。国際的な政治力学が芯の部分にある。
冷戦というファクターは、この国際政治力学のド根本部分にあった。これが連載2年目にして「あれ、冷戦って終わるんじゃね?」となったのだ。
きっときっとずっとずっと続くと思われていた、冷戦という地政学の基本構造がいきなりふっとんだのだ。
そこらも考慮して読み返すときっと得るものが増える。
わけても序盤における、主人公操る新型原子力潜水艦シーバットとロシア原潜の駆け引きは、作者の懊悩も手伝って示唆に満ちたものに仕上がっている。



   深町最強説

主人公は「海江田」という自衛隊のエリート士官。
冷静沈着であり、国際政治を俯瞰する能力は作中随一、神算鬼謀な潜水艦操鑑技術は諸葛孔明も真っ青、まさに超人である。
だが沈艦マニアの中で根強い人気を博しているのが、主人公の盟友にして好敵手(ライバル)の「深町」だ。
防衛大学の次席卒というアルアル設定。
大胆不敵であり、
ディーゼル型潜水艦一隻でアメリカとロシアの原潜10隻ほどをまとめて手玉にとるという離れ業をやってのける。
例えるなら、日本人が1人でサッカーブラジル代表チームを翻弄するようなデイドリームだ。
この一幕は沈艦マニアの語り草であり、「海江田より深町の方が凄いんじゃね論」のエビデンスとしてコトあるごとに挙げられる。
熱い男であり「海江田!例え地球の裏側までだって、お前を追いかけて行くぞ!!」と序盤で大言壮語し、それを最終的に具現化してしまうほどのバイタリティーの持ち主だ(笑)
まさに「心は熱く、頭は冷たく」を地で行くキャラクターである。


   対米従属 36 × 2 =……

全体を読み直して、2024年現在においても特にこれといって引っ掛かることなく読了できる。
むしろ現在と「少しだけ違う」ところが興味深い。
裏返せば現代日本は1988年くんだりと、、「少ししか変わらない」、、ということだ。
相変わらず米軍基地が横田にあったり……
ここでマル秘の歴史年表をつくってみた。


1952年 日本の名目主権回復
 …36年…
1988年 沈黙の艦隊連載開始
 …36年…
2024年 現在

終戦から2024年現在までの72年間を、ピタリ36年で沈黙の艦隊があいだをわっている。なんとまあ鮮やかなものだ。
1988年の劇中世界が36年後の現在と変わっていないと感じるのは、まあアレである。
つまり、たかだか「牢獄の庭を歩く自由」でしかない日本の対米従属レジームというもの。
これが戦後72年に渡り継続しているということだ。
沈黙の艦隊がいまこそ雄弁に語ってくれている。

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