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鍛冶屋の仕事 Vol.6|包丁を研ぐ

日本最古の刃物産地、兵庫県小野市。そこで鍛冶屋の後継者育成ワークショップに通う日々を綴る。Takashi Kawaguchi@kawaguchi_kajiya(Instagram)

シーラカンス食堂|ワークショップ

消費が前提の世の中において、包丁は製品寿命が長い珍しい道具ではないだろうか。

 「一生使えるような道具がどのぐらいあるだろう」と、ちょっと部屋の中を見渡してみる。

 家電と名の付くものは、頑張っても10年が限界だ。デジタル機器となるとさらに短い。スマホは2~3年で買い替えられ、この文章を書いているPCは、5年程度は使えるだろうか。

 購入してからそろそろ8年になる木製テーブルはこの先も大丈夫。しかし愛用のデジタルカメラは……と、ぼくの身辺はおおよそ消耗品で固められていることを知ってがくぜんとしてしまった。

 包丁ならどうだろう。

 もちろん、ディスカウントショップで数百円で手に入るようなものは別だが、きちんと作られたものならば、20年や30年の間、使い続けられることも珍しくはない。

 使っているうちに刃はなまってしまう。これは刃物の宿命だが、こうなると研がなければならない。


初めての包丁研ぎの仕事

 先日、初めてお客さまの包丁を研ぐ機会に恵まれた。

 お預かりした包丁がこちら。

 刃はいくつもの小さな欠けがあり、うっすらとさびが浮いている。

 「急がへんから。ひと月かかってもええよ」ということだった。

 欠けを修復するには、欠けがなくなるまで刃を削り落とす必要がある。回転砥石で一から刃を付け直すことにした。

 回転砥石で欠けがなくなるまで荒く削る。同時に刃がえり(バリ)を出し、刃を付ける。

 荒く付けた刃を、今度は金剛砂こんごうしゃやペーパーバフで磨きをかけ鋭くしてゆく。

 最後にフェルトバフで刃先を磨き、化粧を施して完成だ。

 さすがに新品同様とはいかないが、こうして包丁はよみがえった。「お客様、とてもよろこんでくれたよ」ということだった。

 かくしてぼくの初研ぎ仕事はうまくいったのであるが、しかし包丁を研ぎながら疑問が浮かぶ。

 「包丁を研ぐ人は、世の中にどのぐらいいるのだろう」と。

包丁を砥石で研ぐ人は2割未満

 2016年にベルメゾン生活スタイル研究所が行った調査では、「砥石を使って包丁を自分で研ぐ人」は全体の16.1%だった。もっとも多かったのは「簡易研ぎ器を使って研いでいる」と答えた人が59.2%だ。

 この簡易研ぎ機、切れ味を一時的に回復させることはできるが、刃をきちんと付け直すとなると、やはり砥石が必要だ。

 調査では包丁の購入金額にもふれていて、結果、4人に3人が5,000円以下の包丁を購入していた。5,000円以下の包丁を買って、切れなくなったら簡易研ぎ機にかけて、それでも切れなくなったら、やっぱり買い替えるのだろうな。

リサーチリサーチ|「包丁」についての調査

包丁研ぎは難しくない

 現代において、わざわざ砥石で包丁を研ぐのは面倒だし、そもそも研ぎ方が分からなくてハードルが高いのかもしれない。

 ぼくはと言えば、10代のころにホームセンターで砥石を買って、それからずっと自分で刃物を研ぎ、今ではそれを仕事にしてしまった。

 別に誰かに研ぎを教わったわけではないのだが、今の時代、研ぎに関する情報は、例えば動画共有サイトなんかでも簡単に調べられる。そしてまともな包丁なら、家庭で使えるレベルに研ぐのは思ったほど難しくはないのだ。

 本来、包丁は上手に使えば寿命の長い道具である。

 包丁は研げば長く使えること。研ぎはさほどハードルが高くないこと。困ったときは、ぼくたち鍛冶屋がまだ消滅していないこと――

 こういうことを、ぼくたち鍛冶屋がもっと世の中に発信していかなければならないなと思う、今日この頃である。

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