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無為のすゝめ【きまぐれエッセイ】

ある静かな町の片隅に、タオという名の小さなカフェがあった。このカフェは、古い木造の建物に囲まれていて、一歩足を踏み入れると、まるで時が止まったような穏やかな空気が漂っていた。店主のミツキは、穏やかな微笑みを浮かべながらカウンターの後ろでコーヒーを淹れていた。

ある日、一人の男がカフェに入ってきた。男の名はリョウ。彼は政治家で、常に世間の目を気にし、周りに対して強いリーダーシップを発揮することに誇りを持っていた。リョウはカウンターに座り、コーヒーを注文した。

ミツキがコーヒーを淹れている間、リョウは店内を見渡した。壁には、古い哲学書や詩集が並び、中には「極端は避けよ」という古びた紙に書かれた言葉が貼られていた。それを見て、リョウは微かに眉をひそめた。

「極端は避けよ……か」とリョウは独り言のように呟いた。

ミツキは微笑んでリョウにコーヒーを差し出しながら言った。
「ええ、その言葉はこのカフェのモットーなんです。どんなに忙しくても、バランスを保つことが大切だと信じています。」

リョウはコーヒーを一口飲み、その温かさと香りに包まれて心が和らぐのを感じた。「でも、政治の世界では強いリーダーシップが求められる。極端に行動しなければならない時もある。」

ミツキは静かに頷いた。「もちろん、リーダーシップは重要です。でも、極端に走り過ぎると、見失うものも多いです。例えば、独裁者たちがそうだったように。」

リョウはその言葉にハッとした。確かに、歴史は極端に走った者たちの失敗で溢れている。勝とうとすれば敗け、取ろうとすれば失う――その真理が心に響いた。

「このカフェに来ると、何か大切なことを思い出させてくれる気がする」とリョウはつぶやいた。

ミツキは微笑んで答えた。「それがタオの力です。バランスを保つことで、真の力を引き出すことができるのです。」

リョウはその言葉に深く頷き、カフェを後にした。彼はこれからの政治活動において、極端な行動を避け、中庸を保つことを心に誓った。そして、カフェ・タオの静かな影響力が、彼の心に新たな光を灯したのだった。

その後、リョウは穏やかでバランスの取れた政策を打ち出し、町は平和と繁栄を取り戻した。そして、カフェ・タオは静かにその一役を担い続けたのであった。


まるで目の前に広がる大海原に一滴のインクを垂らしたように、無為の徳という概念は深遠でかつ微妙なものである。何もせずにただあること、自然に任せること、それがいかに難しく、またどれほどの価値を持つかについて、あたしはふと考えを巡らせた。

タオの教えは、まるで風に漂う木の葉のように軽やかで、しかもその背後には大地のごとく重厚な真理が横たわっている。作為的な行為には永続性がないと聞けば、確かにその通りだと思う。あたしたちは、日々の生活の中で何度も何度も試みては失敗する。あたしが最近、新しいレシピに挑戦したときも、細心の注意を払って作ったにもかかわらず、結果はただの焦げた料理だった。結局、自然に流れに身を任せることが、時には最善の選択肢となるのだ。

天下を取ろうとさまざまな策略を弄しても、結局失敗に終わる。それは、天下は力では取れないからである。人為を用いてこれを如何ともなしえるものではない。あたしの夢は何だろうか?大きな夢を持つことは素晴らしいことだと教えられてきたが、その夢が欲望の赴くままに動き回るものであるならば、逆に滅びへの道となることもある。

「目的のない旅はない。目的のない人生は地図を持たずに徘徊する愚か者のようだ」という言葉には、ある種の警告が含まれている。目的を持つことは大切だが、その目的が執着となり、過度の努力が逆効果を招くことも少なくない。時代の寵児、時代の覇者などともてはやされる者たちの多くが、舞い上がり、おごりたかぶり、間もなく失墜するのを、あたしは何度も目にしてきた。

人為を用いて事をなそうとすれば、かえって失敗に終わり、人為を用いて物を執り守ろうとすれば、かえってこれを失う。すべて世の中の物事というものは、人為を用いてなそうとすれば、結局自分の意欲と反対の結果を招来する。まさに、逆説的な真理がここにある。

このように一筋縄でゆくものではないから、なまじいな工作など受け付けない。人間の意識を用いて人為的になすことは、裏目に出ることが多いものであるから、道(タオ)なる人は、作為を捨てて自然のままに振舞い、行き過ぎを捨て、奢りを捨て、驕慢を捨て、あらゆる人為を用いる積極というものを取り除くのである。

無為の徳を讃えることは、単なる消極的な態度ではない。それは、内なる静寂と平和を見つけるための積極的な選択である。自然に任せることが、最も自然な形での成功への道であると気づくのは、まるで水が自然に低きに流れるようなものであり、それは最終的に、私たちを最も安らかで満足のいく場所へと導いてくれるのである。


天下を取りて之を為さんと将欲すれば、吾れ其の得ざるを見るのみ。
天下は神器、為すべからざるなり。
為す者は之を敗り、執る者は之を失う。
故に物は、或いは行き或いは随い、或いは歔き或いは吹き、或いは強く或いは羸く、或いは挫け或いは堕つ。
是を以て聖人は、甚を去り、奢を去り、泰を去る。

《老子第29章》


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