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【うろ覚え書評】「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子

私は夜の散歩が好きだ。好きといっても毎晩散歩するほどではない。
夏の朝の匂いが好きだ。だからといって毎日早起きするわけではない。
冬の灯油の匂いが好きだ。だけど頭から灯油をかぶって火を点けたりはしない。

べつに「ちょっと好き」でいいじゃないか。ふだん忘れているけれども、時々そのシチュエーションに出くわして、「あぁ、これ好きだなー」って思い出すことが、多ければ多いでいいじゃないか。

私は夜の散歩が好きなので、少し前に「夜を歩く」という下らない文章を書いた。いろんな実話のパーツを組み合わせて書いたものだ。学生時代を過ごした京都は、東京に比べるとかなりコンパクトで、学生だらけの町だった。夜の道を歩く学生は多い。深夜に行き場のない学生が集まる北白川バッティングセンターは、10年ほど前に無くなったらしい。

京都大学と同志社大学のちょうど中間あたりに、鴨川と、京阪出町柳駅と、下鴨神社がある。私はこの界隈が好きだった。出町柳の橋の上から見た鴨川はキラキラ光っている。鴨川の中洲には学生たちが集まって楽しそうにしている。四畳半神話体系というアニメにこのエリアが出てきて胸を熱くしたことがあるが、それからもう11年も経ったらしい。

夜の散歩で思い出す作品が3つある。
1つはサカナクションの「アルクアラウンド」という楽曲、
1つはサカナクションの「ナイトフィッシングイズグッド」という楽曲、
1つは川上未映子の「すべて真夜中の恋人たち」という小説。

前置きが長くなったが、「すべて真夜中の恋人たち」は冒頭の2ページほどの序文がきわめて美しい。この2ページだけで小説1冊分の価値があると思う。
そして、タイトルが美しい。
私は八方美人な性格なので、何かを自信を持って薦めることはこれまで多くなかった。
「見たけど別に良くなかったよ」「読んだけど面白くなかったよ」「この人はこの程度のものを面白いって言ってるの?」なんて思われたらイヤだな、という思考が強かったからだ。

しかしこの小説の冒頭の文章と、タイトルは本当に美しいと思った。
小説全体としては、不器用でもどかしい、大人の恋の話だ。胸がショートして煙が出るような やるせなさ がある。だが夜の描写、夜を歩くシーンは本当に素晴らしいと思った。私が夜の散歩が好きだから共感しただけかもしれない。だけど、心を動かされたのは事実だ。

幸い、kindleや講談社の試し読みでこの冒頭部分は読めてしまうので、ぜひ読んでみてほしい。夜の光を、このように静かに美しく、文字で描写できるのかと、ため息が出る。


という、真夜中の書評でした。



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