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酷暑の日にSL整備を体験し、スポーツドリンクのうまさを知る

こんにちは、交通技術ライターの川辺謙一です。
梅雨が明け、暑い日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか?

みなさまのなかには、涼しい部屋でこの記事をご覧になっている方が多いでしょう。熱中症になるのを避ける意味でも、もはや夏にクーラーは必需品ですよね。

ただ、世の中には、暑い夏でも屋外で汗をかきながら働いている方々がたくさんいます。このような方々の日々の活動がなければ、わたしたちの生活は成り立ちません。

もちろん、鉄道にもそのような方々がたくさんいます。
そのなかでもわかりやすいのが、SL(蒸気機関車)の整備をする方です。

ここで言う「整備」とは、SLの運転前と運転後に行われる点検・補修作業のことです。SLを安全に走らせ、良好な状態を長く維持するうえで欠かせないメンテナンスのための重要な仕事です。

夏のSL整備は、蒸し暑さとの闘いです。なぜならば、SLそのものが熱や蒸気の発生源であり、それを整備する方は、外気よりも温度や湿度が高い空気にふれながら作業するからです。

私は、19年前にSL整備の一端を体験したことがあります。

そこで今回は、その体験に基づいて、「酷暑の日にSL整備を体験し、スポーツドリンクのうまさを知る」と題した話を書きます。

ふだんは知ることがない、「鉄道を支える仕事」の話としてお楽しみいただけたら幸いです。

【補足】この記事は、2005年に学習研究社(現Gakken)から発行された『図説 蒸気機関車全史①』に掲載された私の取材記事をベースにしてまとめ直したものです。掲載した写真は、すべて同記事で公表済みです。

■ 時間がかかるSLの整備

作業服を着た私。作業前なので、まだヘルメットをかぶっていません

2005年7月24日午前6時。私が編集者とともに真岡(もおか)鐵道真岡駅の近くにあるSL整備場に行くと、そこにはすでに数人の作業員がおり、SLを動かす準備を手際よく進めていました。

その日は、早朝から蒸し暑い日でした。空が曇っていたものの、気温は35度を超えており、屋外に立っているだけで汗が吹き出してきそうでした。

この日は、いつもよりも早く整備が始まっていました。重連運転の日で、定められた時刻までに2機あるSLの両方を整備する必要があったからです。

ここで言う「重連運転」とは、2機のSLが連結し、足並みをそろえながら客車列車をけん引するすることを指します。また、「定められた時刻」とは、整備できる時間のリミットで、真岡駅における上り回送列車の発車時刻(8時過ぎ)よりも少し前です。

※(注)現在、真岡鉄道さんでは重連運転を実施していません。写真に写っているSLの一機(C11形325号機)は、東武鉄道さんに譲渡されました。

私は、真岡鐵道さんと編集者、出版社の協力を得て、SL整備を体験する取材ができました。真岡鐵道さんは、茨城県の下館駅と栃木県の茂木駅を結ぶ鉄道を運営する第三セクター方式の会社で、旧国鉄真岡線を引き継いで発足しました。全国でも数少ないSL列車を運行している鉄道会社の一つでもあります。

■ 蒸し暑い格好で作業に臨む

私は、SL整備場に着いてから、作業服に着替え、軍手をつけ、ヘルメットをかぶりました。作業服とヘルメットは、真岡鐵道さんからお借りしました。

作業服は長袖長ズボンです。
多くの人にとっては、真夏にあまり着たくない服かもしれません。

ただ、私はこの理由を知っていました。メーカー勤務時代に工場で働いた経験があったからです。

その工場では、着用する作業服が肌は極力出さない構造で、ケガや火傷(やけど)を防ぐようになっていました。これが安全に作業するうえで必要であることは、製造や研究開発の現場では周知の事実でした。

また、軍手は手、ヘルメットは頭を保護するうえで必要です。

ただ、ひさしぶりに暑い日に作業服・軍手・ヘルメットで身を包んだら、「安全のためとはいえ、この格好は蒸し暑い」と感じました。

しかし、SL整備場では、同じ格好をした作業員の方々が、それぞれ役割分担をしながらテキパキと作業を進めていました。

■ 「熱い」を通り越して「痛い」

火室の火力を上げる作業

整備場で停まっていたSLの運転室に入ると、そこでは火室の温度を上げる作業をしていました。火室とは、石炭が燃える場所で、ボイラーに高温のガスを送る役割をしています。ボイラーは、運転室の前方にある長い円筒の内部にあります。

ご存知の方もいると思いますが、SL(蒸気機関車)は蒸気の力で動く機関車です。ボイラーで湯を沸かし、発生した蒸気をシリンダーに送ってピストンを動かし、その動力を動輪に伝えて、レールの上で駆動します。

このためには、火室の温度を上げ、発生する蒸気の圧力を高めておく必要があります。私が運転室で見たのは、そのための作業で、石炭を次々と火室に投入し、火力を上げていました。

当たり前のことですが、火室の近くは熱いです。
火室の蓋は通常閉じていますが、石炭を投入するときに開けます。
この瞬間、周囲の温度が一気に上がります。
「蒸し暑い」とか、そういうレベルではなく、「熱い」のです。

横で立っている私が「熱い」と感じているならば、作業をしている方はもっと「熱い」と感じているはずです。

そこで火室に近づき、内部を見せてもらいました。

SLの火室の様子。この「熱さ」と「まぶしさ」、伝わりますか?

火室の蓋が開いた瞬間、「痛い」と感じました。猛烈な熱が顔の皮膚に当たり、「熱い」を通り越した感覚を覚えたのです。

と同時に、直視するのが怖いほど「まぶしい」と感じました。石炭が真っ赤に燃え上がり、強い光を放っていたからです。

この感覚は、製鉄所を見学したときに感じたものと似ていました。製鉄所では、大きな扉が開くと、真っ赤になるほど加熱された鉄の塊が現れます。その瞬間、周囲の温度が急上昇。顔の皮膚がジリジリと痛くなると同時に、鉄の塊が放つ光がまぶし過ぎて目を背けたくなります。

SLでは、それと似たことが起きていたのです。
これでは石炭を投入するだけでも一苦労です。

また、石炭の投入にはテクニックが求められます。石炭が火室内部でまんべんなく分散するように投入しないと、石炭が偏り、うまく燃焼しないからです。

SLの機関助士の方からは、走行中には、石炭の投入がさらにむずかしくなることを聞きました。SLには、必要最小限のばねしかついていないので、走行中は運転室が大きく振動し、立っていると足元がふらつくのだそうです。

そのような運転室で、熱と光に耐えながら火室に石炭をまんべんなく投入することがいかにたいへんなことか。私はその話を聞いて思い知りました。

■ 複数人で時間をかけて準備しないと動かない

SL1機あたり約100箇所ある油壺に潤滑油を補充する作業

SLを「走れる状態」にするための準備では、さまざまな作業を行う必要があります。

先ほど紹介した「火室の温度を上げる作業」はそのほんの一部。

この他にも、部品にハンマーを当てて異常がないか確認する打音検査や、SL1機あたり約100箇所ある油壺に潤滑油を補充する作業、石炭や水を補充する作業、SL全体をきれいにふき上げる作業など、ここでは書ききれないほどの数の作業があります。

これらの準備をしないと、SLは走れないのです。

SLの整備には、多くの人手と長い時間を必要とします。取材した日に運転前の作業に関わった作業員は5人ほど。SLが自力で整備場を離れたのは、取材開始から約2時間後でした(なお、運転後の整備には1時間近くかかりました)。

私は、運転前の作業の一部を体験しました。と言っても、動輪まわりの汚れをウェス(雑巾)でふいただけです。

ただ、それだけでもSLの整備が想像以上に重労働であることを実感しました。作業服とヘルメットを着用し、可動部(動く部分)がむき出しになったSLを間近に見ながら汗をかき、しゃがんだり立ったりしながら手を動かすことで、身体にかかる負担を感じたからです。

ウェスで動輪まわりをふく私

いっぽう、日本の旅客鉄道で多用されている電車気動車(ディーゼルカー)は、SLとちがい、すぐに「走れる状態」になります。もちろん、SLと同様に定期的な検査は受けていますが、そのために必要な労働力が明らかに少なく、時間が短いです。

私は取材中に、真岡駅の車庫にいた気動車が発進し、営業列車として旅立っていくさまを見ました。気動車は、運転士が乗ったすぐ後にエンジンが音を立てて起動し、あっという間に本線に移動して、ホームで旅客を乗せて真岡駅を離れました。

みなさんにとっては、これは当たり前の光景に思えるかもしれません。

ただ、SL整備を間近で見学し、その一部を体験した私は、その光景に驚きを覚えました。SLとくらべると、運転士が乗り込んでから発進するまでの時間がきわめて短く、足取りが軽く、走りがスムーズだったからです。

この体験を通して、SLは気動車よりもはるかに運用効率の悪い車両であることにあらためて気づきました。

そう、SLは、鉄道運営の効率化を実現するために、消えるべくして消えたのです。日本の国鉄(現JRグループ)では、1976年までにすべてのSLが廃止されました。

現在国内で運転されているSLは、いったん引退したものを復元して動態保存しているものです。動態保存とは、走行できる状態を維持して保存することです。

■ 油と煤にまみれて飲んだスポーツドリンクの味

私は、先ほどの運転前のSL整備が終わったあとに、自分が汚れていることに気づきました。作業服や軍手は汗と油で濡れ、煤で黒くなっていたのです。煤は顔にも付着しており、さわった素手の指先が黒くなりました。

また、急に喉の渇きを感じ、真岡駅にあった自販機でスポーツドリンクを買い、飲みました。

500mlのそれは、あっと言う間になくなり、サッと身体に染みわたるのを感じました。

うまい! スポーツドリンクがこんなに美味しかったとは!

新鮮な驚き。初めて味わったような感覚。
クーラーのきいた部屋で動かずに涼んでいる人とは真逆の状態。

それらを感じ、真夏におけるSL整備の労働環境のきびしさを身をもって知りました。と同時に、SL列車の運転を支えている方々に対して、頭が下がる思いがしました。


いかがだったでしょうか?

もしよろしければ、今度SL列車に乗るとき、この話を思い出してみてください。SL列車を支える人の存在をちょっとでも意識すると、列車の旅の楽しみ方が変わるかもしれませんよ。

【謝辞】今から19年も前になりますが、当時取材にご協力いただいた真岡鐵道の社員の方々や、同行してくださった編集者(HさんとNさん)にあらためて感謝申し上げます。

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