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なぜ鉄道ライターが自動車の本を書いたのか

こんにちは。交通技術ライターの川辺謙一です。

私は「鉄道ライター」の一人として扱われることがあります。20冊以上ある著書のうち、鉄道に関する著書の割合が大きいからです。

そのような私は、自動車の本を2冊出しています。1冊は、『図解 燃料電池自動車のメカニズム』(講談社ブルーバックス,2016年)、もう1冊は『図解まるわかり 電気自動車のしくみ』(翔泳社,2023年)です。

『図解 燃料電池自動車のメカニズム』と『図解まるわかり 電気自動車のしくみ』

なぜ「鉄道ライター」がこのような自動車の本を書いたのか?
今回は、その理由を説明します。

人生では、遠回りして原点に戻ることもある。
そんな話としてお楽しみいただけたら幸いです。

■「電池」を知ってほしい

まず、結論から言います。

私が自動車の本を書いたのは「自動車を通して電池技術を知ってもらいたかったから」です。

私は、大学・大学院時代に化学を専攻し、3年生の研修と4年生の卒業研究で電気化学という学術分野を扱う研究室に所属しました。

この研究室の教授(U先生)の専門は、燃料電池リチウムイオン電池でした。

そう、この研究室では、燃料電池自動車や電気自動車の実用化の鍵を握る「電源」の研究をしていたのです。

■「化学」はむずかしい?

「化学」はむずかしい?(写真AC)

いっぽう私は、独立直後、鉄道の本ばかり書いていました。大学院修了後に就職した化学メーカーで約9年働いてから辞め、化学から離れてしまったのです。

それゆえ、ひさしぶりにU先生に会ったら、こう言われました。

「鉄道の本を書くのもいいけれど、大学で学んだことを活かして、電気化学やエネルギーの本を書いたら?」

それに対して私は、次のように宣言しました。

「わかりました。近い将来、U先生のご専門である燃料電池とリチウムイオン電池の本を書きます!」

そこで私は、燃料電池とリチウムイオン電池の本の企画を出版社に売り込みましたが、よい反応は返ってきませんでした。そのおもな理由は、次の2つです。

  • (1)一般の人が興味を持ちにくい

  • (2)化学の本は売れない

(1)は、たしかにそうです。そもそも一般の方の多くは、燃料電池やリチウムイオン電池の実物を見たことがない、もしくは見てもそれと気づかないので、これらに興味を持ちにくいのは仕方がないことです。

ただし、リチウムイオン電池は、すでに私たちの生活に欠かせない存在になっています。スマートフォンやタブレット、ノートパソコン、デジタルカメラだけでなく、今ではバッテリー式電気掃除機の電源として使われています。

それでも、一般の方が興味を持つ存在にはなっていません。これでは、一般向けの本で紹介するのはむずかしいです。

(2)は、きびしい現実です。化学は、自然科学全体において重要な役割をしていますが、そのことは一般にはあまり知られていません。また、中学や高校の理科で苦手意識を持つ人が多く、「なんだかむずかしそう」と思われがちです。このため、化学を扱った一般向けの本を出版することは容易ではないのです。

このため私は、独立後に化学からいったん離れ、鉄道の本を書くようになりました。鉄道は、すでに多くの人が興味を持っており、技術を一般向けに翻訳するうえで格好のテーマだったからです。

■「自動車」を通して語る

燃料電池自動車「MIRAI」のモックアップ。お台場にあった「MEGA WEB」にて撮影

そこで私は、自動車を通して、燃料電池やリチウムイオン電池の技術を紹介する企画を立て、出版社に提案しました。身近な乗り物である自動車というフィルターを通せば、より多くの方に電池技術に興味を持ってもらえると考えたからです。

冒頭で紹介した2冊は、この結果生まれた本です。

この2冊で紹介した燃料電池自動車や電気自動車、ハイブリッド自動車、プラグイン・ハイブリッド自動車は、いずれもモーターで駆動する電動自動車であり、電源として燃料電池やリチウムイオン電池、そしてニッケル水素電池や鉛蓄電池を搭載しています。

これらの電動自動車を語るには、電池技術を学び直すだけでなく、自動車技術をイチから学ぶ必要がありました。

幸い、私には協力者がいました。U先生の研究室の門下生のなかに、大学の職員になった人や、自動車メーカーに就職した人がいたのです。この人たちの協力がなかったら、先ほどの2冊を世に出すことはできませんでした。

■おわりに 遠回りの旅

ここまでお読みいただきましてありがとうございます。

私は、独立後に鉄道の本を書いてフリーランスライターとしての足場を固めたうえで、あえて自動車の本を書くことに挑戦し、かつて学んだ「電池」の世界に戻りました。

つまり、かなり遠回りしてから、原点に戻ったのです。もし先ほど紹介したU先生の一言がなかったら、こうはならなかったでしょうね。

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