【発見の旅#06】百聞は一見にしかず ストラスブールのLRTを見て
私にとって #忘れられない旅 は複数ありますが、近年の代表例には、フランスのストラスブールに行き、現地のLRTと呼ばれる乗り物を利用した旅があります。
私は、この旅を通してLRTの意味がようやくわかりました。都市と交通が見事に調和しているさまを、この目で確認できたからです。
まさに「百聞は一見にしかず」です。実物を直接見て得られる情報は、資料などを通して間接的に得られる情報よりもはるかに多いのです。
こう書くとわかりにくいかもしれないので、音楽にたとえてみましょう。
音楽は、スマートフォンで再生して聴く、もしくはミュージシャンのMVやライブ映像を視聴することで楽しむことができます。ただし、実際にライブ会場に足を運び、演奏するさまを観ながら、ステージから伝わる音や熱気を直接浴びた方がはるかに楽しめます。
私は、音楽のライブ会場に足を運ぶように、ストラスブールという遠くにある街を訪れました。また、生でライブを鑑賞するように、LRTという乗り物に乗り、街を走り抜けるさまを観察しました。
今回の記事は、その体験を通して「現地に行き、実物を見る大切さ」を感じた、という話です。
お楽しみいただけたら幸いです。
■ ストラスブールってどこ?
まず、ストラスブールという都市について説明します。
ストラスブール(Strasbourg)は、フランスの北東部にある都市で、ドイツとの国境であるライン川と接しています。人口は約28万人で、フランスの首都であるパリ(約216万人)とくらべると、かなり規模が小さい都市なので、ご存じでない方は多いでしょう。
この都市は、後述するLRTと連携した革新的な都市計画によって一躍有名になりました。そのため、世界各国から多くの交通や都市計画の研究者や行政の職員、政治家がこの都市を訪れ、視察しています。
私にとってストラスブールは、一度訪れてみたかった都市でした。なぜならば、私自身が交通や都市計画を扱うライターであり、LRTというキーワードととも気になる存在だったからです。
ただ、行くのを躊躇していた都市でもあります。東京から9000km以上離れた場所にあるうえに、東京から航空機の直行便が運行されている都市(パリやフランクフルト)から微妙に離れた場所にあり、アクセスしにくかったからです。
■ LRTってなに?
次に、LRTについて説明します。
LRTとは、Light Rail Transit(ライト・レール・トランジット)の略称で、日本語では「次世代型路面電車システム」や「軽量軌道交通」などと翻訳されています。
鉄道や交通に興味がある方には、このLRTという言葉を聞いたことがある方もいるでしょう。とくに、2023年8月に栃木県の宇都宮市と芳賀町を結ぶ「ライトライン」(芳賀・宇都宮LRT)が開業したことは、国内でLRTという言葉が広く認知されるきっかけになりました。
ただ、LRTそのものは概念なので、その意味を理解することはむずかしいです。
たとえば国土交通省は、ウェブサイトで次のように説明しています。
これら文章は、たしかにLRTの特徴を言い表しています。ただ、多くの方にとっては理解しにくいのではないでしょうか。少なくとも私は、当初十分に理解できませんでした。
そこで私は、今から10年前の2014年に、宇都宮市で開催されたLRTのシンポジウムを聴きに行きました。そこでは、先ほど紹介したストラスブールのLRTの映像が上映され、パネリストが宇都宮にLRTを導入する意義を説明していました。
ところが、それでもLRTの意味を理解できませんでした。
また、鉄道関係者から話を聴く、または資料を読むことで、なんとかLRTのことを知ろうとしましたが、その意味がなかなか腑に落ちませんでした。
■ わからないから行ってみた
ならば、現地に行って実物を見るしかありません。
コロナ禍前の2019年6月、私はストラスブールを訪れました。東京からパリまでは航空機の直行便で約12時間。さらに、パリ東駅からストラスブール駅まではTGV(高速列車)で約2時間かかりました。
ストラスブール駅に到着して、まず目指したのは、オム・ド・フェール(Homme de Fer)電停でした。この電停は、5つの系統の路面電車が接続する結節点であり、都市の中心地にあるクレベール広場のすぐ近くにあります。ストラスブールのLRTの写真や映像は、たいていこの電停の付近で撮影されています。
↓オム・ド・フェール電停は、このような場所です。円を描く屋根があるのが大きな特徴です。鉄道や交通に関心がある方はの中には、写真を通して一度は見たことがある方もいるのではないでしょうか?
↓オム・ド・フェール電停の位置(Google Map)
■ まちづくりと連動した中規模輸送機関
私はオム・ド・フェール電停の周辺を歩いて、LRTが「まちづくりと連携した中規模輸送機関」であることをようやく理解できました(中規模というのは、バス以上鉄道以下の輸送力を持つ、という意味です)。
それは、現地の様子を見て、これまで鉄道関係者から断片的に聞いた以下の言葉が急に一つにまとまり、腑に落ちたからです。
LRTは、路面電車そのものではない
LRTは、都市を動かす装置である
LRTには、ストリート・ファニチャー(公共空間に設けられた家具など)としての役割がある
つまり、LRTは、日本で1970年代までに多くの都市に残っていた路面電車とはちがい、都市を再生する交通政策の一環として整備された新しい交通システムである…ということに、現地に行って実物を見てようやく気づいたのです。
このことから、私は現地取材の大切さを身にしみて感じました。
また、日本の交通関係の研究者の方々が、ストラスブールの例を挙げてLRTの必要性を説明したくなる気持ちもわかりました。この地に来て、都市と交通が見事に調和し合って機能する理想的なさまを一度でも見たら、「日本でもLRTを導入しよう!」と言いたくなるのは不思議ではないと実感したからです。海外で魅力的な先進事例を見ると、それを日本で紹介したくなりますからね。
■ 現地に行き、実物を見よう
ここまでご覧いただきましてありがとうございます。
この記事でお伝えしたかったことは、ストラスブールやLRTの話というよりは、冒頭で述べた「現地に行き、実物を見る大切さ」です。
はっきり言うと、日本からストラスブールに行くのは面倒です。
ただ、それを理由にして行っていなかったら、私は視野が狭いままで、都市計画の視点でLRTを語ることができなかったでしょう。
これは、ミュージシャンの生演奏を直接見た体験がないと、音楽の楽しさを語れないことに似ています。
ぜひみなさんも、気になることがあったら、旅を通して現地に足を運び、実物を見てみてください。そうすれば、スマートフォンやパソコンでは得られない生の情報を得ることができ、見る世界が変わってくるかもしれませんよ。