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私が鉄道事故の発生直後に原因についてのコメントを控える理由

こんにちは。交通技術ライターの川辺謙一です。
私は長年鉄道の本を書いて来たこともあり、鉄道の専門家としてテレビやラジオで出演したり、新聞や雑誌を取材を受け、コメントすることがあります。ただし、鉄道事故に対しては非常に慎重で、発生直後にその原因についてコメントするのは控えています。

なぜそうしているのか。今回はその理由を書きます。


■コメントを控える3つの理由

結論から申し上げます。私が鉄道事故の直後に原因についてコメントしない理由は、おもに以下の3つがあります。

(1)原因は1つとは限らない
(2)原因の特定には時間がかかる
(3)原因を推測で語っても意味がない

以下、それぞれ説明します。

■(1)原因は1つとは限らない

鉄道に限らず、事故の原因は1つとは限りません。なぜならば、事故は、複数の要因が複雑に絡み合って起こることが多いからです。

たとえ一部の人間による単純なミスが原因であるかのように思えても、その背後にある職場環境などがミスを誘発させた可能性もあります。このため、原因を1つに絞って考えてしまうと、他の原因が見えにくくなる恐れがあります。

■(2)原因の特定には時間がかかる

鉄道の事故の原因は、すぐにはわかりません。(1)でも述べたように、事故は複数の要因によって起こることが多く、すぐには特定できないからです。

原因がすぐわからないのは、事故に関する詳細な情報の収集・整理・分析に時間がかかるからです。発生直後は、その現場にくわしい人々が事実関係の確認をするのに追われます。現地に行って現場を慎重に観察するだけでなく、乗務員や乗客、事故を目撃した人などから発生時の様子を聞き出すなどして事故に関する情報を出来るだけ集め、整理し、分析します。これらの作業には長い時間を要します。

■(3)原因を推測で語っても意味がない

(1)(2)で述べたように、鉄道の事故の要因は複数ある可能性が高く、発生直後に特定することはできません。このため、事故の原因を正確に語るには、運輸安全委員会のような専門家の組織が報告書をまとめるまで待つしかありません。

テレビなどでは、事故の発生直後の現場の写真や映像を見て、専門家がその原因についてコメントすることがありますが、私はこのことに疑問を感じます。なぜならば、写真や映像でわかる情報は、現場で起きたことを示す情報の一部に過ぎず、それだけで原因について語ることは本来できないことだからです。

もし語れたとしても、それはあくまでも「推測」でしかなく、正確さに欠けます。

だから私は、そのような不正確なコメントをすることに意味はないと考えます。むしろ、一般の人々に誤った認識を持たせ、事故調査の妨げになる可能性を高めてしまうのではないかと危惧します。

■だから私は安易にコメントしない

私は、鉄道関連の著書が多いため、マスメディアの方から「鉄道の専門家」として扱われることがあります。また、大学や大学院で工学を学んだ元技術者で、「交通技術ライター」と名乗っていることもあり、技術的な観点から鉄道についてコメントを求められることもあります。

しかし私は、以上述べた3つの理由があり、鉄道事故の発生直後にその原因についてコメントすることを控えています。

これまで述べたこと、とくに(1)(2)については、一般の方にはわかりにくいかもしれません。その一方で、鉄道のような運輸業だけでなく、製造業や建設業のように危険がともなう業種で働いている方の中には、よくご存知の方が多いでしょう。このような方々は、職場で安全教育を受けており、自社や他社で起きた事故を分析し、それを自分の職場の安全性を高めることに生かす努力をされているからです。

ちなみに私は、かつて製造業に従事し、安全教育を繰り返し受けた経験があります。また、これまで鉄道を支えるさまざまな現場を取材することで、私がかつて学んだ安全に対する考え方と、鉄道現場における安全に対する考え方に、共通点が多いことも身を持って感じてきました。

だから私は、鉄道事故の発生直後にその原因についてコメントすることは今後もしないつもりです。もしするとしたら、事故調査がある程度終わり、情報が整理され、原因の絞り込みができる状態になってからです。

今回鉄道事故について書いたのは、「4月25日」という日(2005年にJR福知山線で列車脱線事故が起きた日)が過ぎ、事故発生直後の報道のあり方をふくめて、いろいろと考えさせられたからです。毎年この日が来ると、鉄道をテーマとする書き手として、またメディアを介して情報を伝える者として、身が引き締まる思いがします。

ここで述べたことを公に言うことは、これまで避けてきました。知っている方にとっては当たり前のことであり、わざわざ語る必要がないと考えていたからです。

ただ、今年の4月25日にツイッターで鉄道事故に対する自分の考えを初めて書いたので、今回はその詳細をnoteに書きました。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

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