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坂本花織が世界フィギュアのリンクに刻んだ爪痕


フリーの演技終了直後から、坂本花織は頭をかかえて半泣きでした。
日本勢初の世界フィギュア2連覇の快挙を達成した、というのにです。
キスアンドクライでも彼女はずっと複雑な顔で泣いていました。
おそらくは終わってホッとしたのと嬉し泣きが半分、残りは悔し涙が止まらなかったらしいです。

坂本いわく「4年前のリベンジと思っていたけど、全く同じミスをしてしまった。情けない。メダルを見たらうれしいけど、顔を上げたら悔しさがこみ上げてくる」……これが勝ったのに悔し涙した理由でした。

坂本花織は、初出場だった同じ日本開催の19年の世界フィギュアでも、フリーでジャンプをミスって、SP2位から5位に終わったという苦い経験をしているのです。
でも、今回はミスの直後に、意地で3回転トーループをつけて、この4年間の成長を見せつけました。
フリーの得点は2位だったので、コーチも「あのトーループをやっていなかったら2位になっていた。とっさにやれたのは偉かった」と、坂本のリカバリーを評価。
並々ならぬ努力と研鑽の末に、坂本が手にした成長と勝利であり、それを誰よりも間近で見てきたコーチの言葉でした。

今回同じく2連覇した男子の宇野昌磨も、似たようなリカバリーで減点を回避して、トップを死守しての連覇達成だったようです。
宇野はジャンプのミスでコンビネーションを入れられずに得点に響いて銀メダル、というのが半ばパターン化して頃もあったけれど、現在の彼はもうそれを克服しています。


今回の世界フィギュアを観ていて気付いたひとも多いと思うのですが、今年はシニアらしい20代の選手が目立ちましたよね。
坂本花織は22歳。宇野昌磨は25歳。女子銀メダルの韓国のイ・ヘインが17歳。銅メダルのベルギーのルナ・ヘンドリックスは23歳。
男子銀メダルの韓国のチャ・ジュンファンが21歳。銅メダルのアメリカのイリア・マリニンは18歳。
激戦となった男子フリーの最終グループには、宇野や羽生と同世代のジェイソン・ブラウンやケヴィン・エイモズなどのベテラン勢が顔を揃え、今大会を最後に引退したカナダのキーガン・メッシングは最年長の31歳でした。
ほんの2年ほど前まで、女子はまだジュニアでもおかしくない年齢の子供みたいな選手ばかりが表彰台を独占していたのが嘘のようです。

低年齢化し、高難度ジャンプに特化した若い選手の台頭で、一時期は女子もトリプルアクセルが当たり前になりそうな雰囲気でしたが、今大会でトリプルアクセルに挑戦したのは2人だけだったようです。
ロシアの若い選手は女子でも4回転をいくつも跳んでいたのだから、女子もトリプルアクセルぐらい跳ぶべきだと思うひともいるでしょう。
坂本花織の2連覇や大技の少なかった女子のプログラムの傾向も、後退だと考える人もいるかもしれませんが、はたしてそうでしょうか?
わたしなら高難度ジャンプで得点を稼いでいるだけの若い未熟な選手のほうこそ、年齢的にもまだ当分ジュニアで好きにやっていればよかったのにと思うのですけどね。

そもそも、ジャンプはすごいけど、それ以外は技術も表現力もまだまだ未熟な選手に、ドーピングさせてでも表彰台を独占させるやり方が当たり前に通用していたほうがおかしいのでは?
もっとおかしいのは、北京五輪でのドーピング陽性疑惑で騒がれたワリエラ以下、上位を独占していた若い選手がみな同じ国、同じコーチの指導を受けていた選手だったことです。
彼女たちのコーチは、まだ幼い選手に厳しい制限や練習を課し、勝つためには手段を選ばず、選手が成長して大人の体型になったら見向きもしないで使い捨てるようなやり方をする人物だとして有名でした。
こうなると、ロシアがこれまでも散々やってきたように、フィギュアでも国ぐるみで不正を奨励していた疑惑が消えなくても仕方ありません。これはもうお国柄というか自業自得でしょう。


坂本花織の2連覇はロシア勢がいなかったから達成できたのか?
わたしはそうじゃないと思いますね。
ドーピングや歪な指導をおこなっていたロシア勢が締め出された結果、プログラムもジャッジも本来そうあるべき姿に戻っただけです。
トリプルアクセルの導入はこれからでも遅くありません。低年齢化を加速させる以外のやり方も検討すべきではないでしょうか。
ジャンプに特化した子供体型の若い選手も、成長すれば大人の体になり、ほんの数年で同じジャンプは跳べなくなります。
そうなった時、彼女たちが今の坂本花織に勝てるとは思えません。
フィギュアスケートの進化というのは、ジャンプの回転数だけではないはずだ、と言ったのは振付師のブノワ・リショーでした。
彼はこうも言っています。

「現在の女子の問題は、大人の女性が、うちの12歳の娘のような体形の少女と一緒に戦っていることです。男子、ペア、アイスダンスでは、経験を積み、年齢を重ねていくにつれて選手たちは円熟し、上達していく。ネイサン(・チェン)やユヅ(羽生結弦)の15歳のときと、20歳の時を比べてみてください。当然20歳の方が上手くなっている。ところが女子は15歳がピークで20歳では引退している。まるでジョークのようです。スポーツでもアートでも、経験を積むほど熟練してレベルが上がっていくのが普通です。それなのに女子だけは15歳の時に跳んでいたジャンプが、20歳ではもう跳べなくなっている。これはスポーツとして問題です」

わたしもそう思います。
昨年の世界フィギュアでは、スケート界の重鎮タチアナ・タラソワが「ここで滑った中では日本の選手がベストだったけれど、大技はなかった。あれは20年前のスケート」とコメントしたと報道されました。
でも、今年は完全に手のひらを返して坂本花織を絶賛しているそうです。
本気でそう言ってるのか、ロシアが国際大会に参加したいがための布石か、単なるリップサービスなのかまでは知りませんけど。
昨年6月、オリンピックや国際大会の出場年齢が、15歳から17歳へ引き上げられたことも無関係ではないかもしれません。
坂本花織がリンクに刻んだ『世界フィギュア女子シングル2連覇』という爪痕も、この先のフィギュアの進化に少なくない影響を与えるはずです。
坂本花織のスケーティングが世界中で絶賛されつつあるのは、当然のことなのです。



さて、この辺りできれいにまとめておいても良かったのですが、ここまで来たらやはり書いておくことにします。

坂本花織の連覇が決定した瞬間、わたしは「ザマアミロ」という気分になったんですよね。
これで世界も日本のメディアも、彼女の実力を無視できなくなると。
あのままロシア勢が締め出されることなく、シニアの女子も4回転ジャンパーこそが金メダルに相応しいという考え方やジャッジが続いていれば、おそらく坂本花織のスケーティングの質の高さがここまで認められることはなかったでしょう。 
それ以上に、わたしは日本のメディアに対して、いい加減に悔い改めろと言ってやりたいのです。

4年前、18歳の坂本花織が全日本で当時メディアがイチオシしてた紀平梨花を破って初めての金メダルをとった時でさえ、日本のメディアは随分と露骨に偏った報道をしてましたからね。
たしかにそのシーズンの坂本花織のリザルトは、全日本選手権は優勝したものの、GPファイナルが4位。4大陸選手権も4位で、世界選手権は5位と全日本以外はイマイチな戦績でした。
まさかそのあと坂本が五輪でメダルを獲ったり、4年後には世界フィギュアで日本人初の連覇を成し遂げることなど、彼女のファン以外は誰も予想もしなかったでしょうね。
かつてシルバーメダリストと呼ばれた宇野昌磨も然りです。
この結果が出るまで、彼が羽生結弦超えの世界フィギュア2連覇をやってのけると誰が予想したでしょうか?

情けないことに、これまで日本のメディアは自分たちが特別扱いしたい選手と、それ以外の選手という区分による差別的な対応を平然とおこなってきました。
宇野昌磨と羽生結弦の扱いの違いは歴然でしたし、頭角をあらわしはじめた坂本花織が浅田真央に続く有力選手であるとわかってからも、メディアは坂本よりも別の選手を推そうと躍起になっているようでした。
坂本花織はトリプルアクセル跳ばないから話題性に欠けるとか、いくらメダルを獲れても、もう10代じゃないしアイドルとしての人気は出そうにないから経済効果も期待できない……理由はその辺りでしょうか?

たしかに坂本花織は、見た目重視のメディアが好む可憐な氷の妖精のイメージをぶち壊し、豪快に笑ってカメラに向かってVサインとかしちゃう選手ですからね。
そもそも彼女はメディア受けなどぜんぜん気にしていません。
ネットでも、坂本花織はフィギュア選手なのに痩せてないとか逞しすぎるとか、見た目重視のファンがアイドルに祭り上げたくなるようなタイプじゃないという理由で、言いたい放題に叩かれまくってきました。
映りの酷い写真に「坂本花織太った?」なんてコメントつけてSNSに投稿されるぐらいは序の口です。
だからこそ、自分のスケーティングを貫いて2連覇した意志とメンタルの強さに脱帽させられるのです。
普通の人間ならとっくに途中で心が折れていてもおかしくないレベルなのですから。

日本のメディアや五輪で自国の選手を自慢したいだけの政治家が好むのは、アイドル的人気でお金や視聴率を稼いでくれる低年齢層の選手なのはもはや明白です。
才能があってメダルが獲れて、国民のアイドルとして素直に大人の言いなりになってくれるような選手の育成を奨励するのが、日本の老害政財界やスケート協会、商業メディアの連中のやりくちのようですからね。

一部のメディアは、そのほうが自分たちにメリットがあるという理由で、坂本花織も荒川静香のように偉業を達成して注目を集めたところで引退するべきだ。今ならあのキャラクターで人気タレントになれる。などと愚かな期待したかもしれませんが、坂本がそんなくだらない期待に応えるわけがありません。
迷わず現役続行に決まっています。
坂本花織は商業メディアが彼女をアイドルに祭り上げようとしなかったからこそ、くだらない連中の余計な口出しや戯言に煩わされることなく成長できたのですから(ザマアミロ!)

さらに言うなら、メディアはこれまで自分たちがアイドルに仕立てようとしたせいで精神的に追いつめたり、結果的に潰すことになってしまった選手に謝罪して悔い改める時期に来ているのでは?
フィギュア選手は(フィギュアに限らず)、商業メディアやSNSで暴言を吐きまくる身勝手なファンの消費コンテンツじゃないんです!
1日経ってようやく2連覇を実感したらしい坂本花織の笑顔を見ていて、ほんとにそう思いましたね。



最後にいかにも坂本花織らしいエピソードをひとつ。

金メダルを受けとった表彰式の後、坂本は何だかキョロキョロと挙動不審で、観客席に向かって叫んだりしていました。
テレビ中継が続いていたので気づいたひとも多いのでは?
普段なら選手がそれぞれ国旗を広げて、ウイニングランでリンクを一周したり、観客の声援やメディアの記念撮影に応じる場面でした。
しかし坂本は表彰台を降りると、日の丸国旗を羽織るでもなく手にしたまま、客席に向かって一生懸命何か叫んでいました。

何をしていたのかというと、坂本は銅メダルに輝いたルナ・ヘンドリックスのためのベルギー国旗を探していたのである。
生放送のテレビ中継はその後、ヘンドリックスが客席からベルギー国旗を受け取ってリンクに戻り、ようやく3人揃ってウイニングランに及ぶまで全て映していました。

じつは金メダルの坂本と銀メダルの韓国の選手には渡されたのに、ヘンドリックスにはベルギー国旗が渡されなかったみたいなのです。
それにすぐ気付いた坂本はそのまま客席へ駆け寄り、声を張り上げて「ベルギー国旗を持ってるひとー!?」と叫んで、一緒にベルギー国旗を探していたわけです。
観客席にいた人も、テレビを観ていた人も、最初は坂本花織が何をやってるのかわからなかったと思いますが、じつに坂本花織らしいというほかない行動でした。
坂本のこの”神行動”のおかげで、メダリスト3人は揃って大きな国旗を羽織って観客に手を振りながらリンクを一周して、一緒に記念撮影に収まったのである。

坂本花織の行動もですが、他国の大判の国旗をちゃんと持ってたファンがいる日本のフィギュア応援団も、他ではちょっとありえないぐらい素晴らしいですよね。
もしこれをやったのが羽生結弦なら、主要メディアがこぞって美談として大々的に報道したと思いませんか?
でも、やったのが坂本花織だからなのか、わたしの見るところ、思ったほど話題になっていないようです。
本当に日本のメディアはどうしようもないなと、つくづく思わされた次第です。

連覇を飾った翌日の取材で、坂本花織は「アドレナリンが出過ぎて一睡もできずに朝を迎えているので、今日は脳が働いているか不安」とコメント。
さらに「悔しい思いの方が強いけど、それが今後の自分の糧になる」とも。

視聴率と金儲けが優先のメディアがどんな対応をしようと、坂本花織はこれからも自分で選んだ自分の道をまっすぐ進んでゆくことでしょう。

かおりん頑張れ!
これからもずっと応援してるからね。


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