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1991年プチてっちゃんユーレイル旅 18

【まとめ】ドレスデンに無事宿がとれたので、終日美しい市内観光。交通博物館、ツィンガー宮殿内のいろいろな博物館を主に見学。

11月22日(金) 晴れ。
青空に煙突からの煙が黄色くアクセントを添えている。霜。外は零下3度(温度計がちょうど窓の外につけてあった)。

部屋はいつでも20度ちょいくらい。こんな暖房器具があった。

後ろに煙突がついていて、上は暖かくて洗濯した物などが乗せられる。
焚いているのは木炭? 全然匂わず、煙もない。空気が乾き過ぎないし、優れものだった。

元々、案内所で朝食込みでお願いした、つもりだったが、いつまでたってもフラウは呼びにこない。廊下に出るとかぐわしき珈琲の香り。朝ご飯はないのですか? と聞いてみようと思ったがどうしても聞けず(いくじなし)、ちょうど出てきたフラウに行ってきます、と言って外に出る。行ってらっしゃい、みたいな感じだったのでますます聞けず元気に氷点下の世界に。

ややモダンな車。(※後から画像検索してみたらWartburgという東ドイツ製の車らしい)

なじみのトラバント。

9:00頃。うん、寒い。空気は冷たく、水溜まりは凍っている。
昨日通りかかった時には大きくて黄色い葉っぱがほどほどについていた街路樹、まるで今日のうちにすべて散ってしまおうと決めたみたいに、次々と音をたてて地面へと落ちていく。

教会の屋根が霞みの中におぼろげに見える。尖塔の飾りが日の光に輝いている。明けの明星みたい。美しい街。

Halleと比べて、落書きもめっぽう少ない。すぐ消しているのか? 美しい街に住む人びとの心のありようなのだろうか?

聖母教会、爆撃で残った全長100メートルはありそうな壁画(歴代のザクセン王?)、交通博物館、Zwinger宮殿内のいろんな博物館等を見て歩く。
時計をテーマにした博物館とか、剥製が主な博物館とかも。

交通博物館で撮りまくった写真の数々。そしてお恥ずかしいスケッチ。

特にびっくりしたのが、昔(1912年頃)の自転車、タイヤがない時代?のもの。このバネ! Opelとかも!

途中からは時計博物館のスケッチ。計算器がまたステキ。

外も何かとびっくりがたくさん。
宮殿を支える柱のひとつおきに、思い思いの恰好をした牧神だちがいる。

これは牧神ではなかったような。イグアナなのかサラマンダーなのか、たくさんはい出してきている柱。

屋根の上の天使たちは一部外され、まだ野ざらしになっていた。

裏庭には石工さんが何か考えて立っている。


Dresdener BankでTCを替える。が、これがすごい行列。30分はゆうに待たされた。こういう所はソ連なみ。根性つくわ。

本屋とか見て、歩いて帰る。夕焼けがまた、溜息ものだった。

今日食べたもの。朝から通して。
みかん、ハンバーガー、コーヒー、フィッシュフィレ、紅茶、ハンバーガーを頼んだつもりだったのになぜかHalbHachen(?、鶏焼)とオレンジジュース、パン少し、牛乳、トマト1個。これでもうお腹いっぱい。

宿の老夫婦(朝、だんなもいることが判明)にバラの花を買って帰る。とても喜んでくれた。
17:00にはもう、真っ暗。風呂は昨日途中で水になったので学び、今度はバスタブに溜め風呂にする。バスソルト入れて浸かったら、よく温まった! 
朝食はないけどな!

宿帳がテーブル下にあったので、英語と日本語で記載する。カート・ヴォネガットJR.の小説を読んでから一度は来たかった街です、『とても美しかった』、と(そこだけドイツ語で)書いたら、マダムが読んで、「美しい」に感動していた。
宿帳によると、1975年から宿をやっている様子。日本人も4、5組載っていた。

フラウ・シェーデルと。宿をありがとう!

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