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小説「希望のトランク」電子書籍で出版



不思議なトランクと世界旅行!

『希望のトランク』は魔法使いのような不思議なトランクが、
家族を亡くして悲しんでいる人に、その人が一番必要としている物や人を
主人公を通して届ける物語です。

トランクが届けるメッセージは、
『あなたの今の苦しみは、同じ悩みや苦しみを持つ人とわかち合う時に、
 希望へと変えられるのです』

突然、飛行機事故で家族を亡くし悲しみに暮れる主人公が、
不思議なトランクと一緒に世界7ヵ国を旅して最後に得た希望は…
壮大なスケールで描かれる希望あふれるファンタジーなラブストリー。


【あらすじ】
主人公の瀬戸浩(27)は飛行機事故で一度に、両親と妹を失う。
そのショックで仕事も辞めて何もしないで家に引きこもり、
悲しみにくれている。
ある日の晩に、父の形見の古いトランクがビックリ箱のように開く。
トランクは大切な人を失い悲しんでいる人に、その人の生きる希望となる物を用意する不思議なトランクだった。
トランクの中には腹話術の洋人形と、浩の新しいパスポートと浩の名義の航空券が入っている。
洋人形の服の胸に留めてある宝石にはアーシャという王子の魂が宿っていて、アーシャの話によると、この宝石に七つの星を宿らせると、どんな病も治すことができる不思議な力が宿ると教えられ、その七つの星を探しに一緒に旅に出ようという。
浩はアーシャと一緒にトランクに導かれて、世界6ヵ国ドイツ・ベルリン、
、カンボジア、ロシア・モスクワ、中国の四川省、メキシコ、アメリカ・ニューヨーク、そして日本の宮城県石巻市。
浩は7つの星を手に入れることができるのか。

ここから本文

「希望のトランク」 


第1章 不思議なトランク

この世で絶対といえること。
それは人は必ず死ぬということ。
それには順番があって、いずれと思っている。
家族においては、父か母のどちらかが先にいなくなって。
いつか先の未来だって思っている。
順番だけども、一度にはこないって思っている。
家族がある日突然に一度にいなくなるなんて、考えてもいないし、
想像もしていない。
そんなことありえないでしょと。
そのありえない、想像もできないことが起きた。
「飛行機が落ちて死ぬ確率は、80歳まで毎日乗っていて0.02パーセントだってさ」
こんなありえないくらいの確率に俺の家族は当たってしまった。

 ソファに横になりながら、テレビから流れる画面をぼんやりと眺める。
足元には空になったビールの缶やペットボトル、スナック菓子の袋が乱散している。
『もしも願いが叶うなら、何を叶えたいですか』
つけっぱなしのテレビから、若い女性レポーターが大学生風の2人の男性に聞いている。
『就活中なんで、内定取りたいです』と1人が答へると、別の男性が
『森脇いづみちゃんと付き合いたいです』と人気の若手女優の名前をあげる。
画面のインタビューを受ける人が、中年の女性に代わり
『そうね~。もしも願いが叶うならねぇ~。いくら食べても太らない体になりたいわね』
残り3分の1しかない缶ビールを一気に飲み干して、キッチンに新しい缶ビールを取りに行く。
冷蔵庫を開けて飲み物以外何も入っていない中の冷気にふれて、
ふと自分なら何を叶えたいかなと思う。
もしも願いが叶うなら――半年前のあの日に戻って。

還暦を迎えた両親は、2歳年下の妹が企画した4日間の予定で台湾に旅行に行くことになった。
母は以前に妹と2人でグアム旅行に行ったが、父は初めての海外旅行で
『飛行機が落ちたら』と不安がりずっと海外旅行を拒んでいた。
「飛行機が落ちて死ぬ確率は、80歳まで毎日乗っていて0.02パーセントだってさ」との俺の言葉で父は納得して旅行に行くことにした。
妹は実家暮らしで仕事も派遣だから、お金も休みも自由になり、仕事の切れ目に色んな国に旅行に行っていた。
台湾には一度行き、両親を連れてもう一度行きたかったそうだ。
母は俺か妹のどちらかが結婚したら、一緒に旅行に行けないからと、
一緒に行こうとしつこく誘われた。
その時は大学を卒業してから入社5年でやっと大きな仕事も任されていて、休みを取りずらかったし、今さら家族旅行なんてと思って断わった。
両親と妹が台湾に行く日の朝、残業続きで疲れていて朝寝坊をしてしまった。
朝一番で大事な会議が入っていたから、超速で身支度をした。
その時シャワーを浴びていた妹とは顔も合わせず、新聞を読んでいた父を視界の隅に捉えて、玄関まで見送りに出てきた母の顔もろくに見ないで家を出た。
その4日後に台湾旅行から日本に帰る両親と妹が乗った飛行機が墜落して、乗客全員が死亡した。
「飛行機が落ちて死ぬ確率は、80歳まで毎日乗っていて0.02パーセントだってさ」といったその0.02パーセントの確率にうちの家族は当たってしまったのだ。
たまにニュースで聞く他人ごとが、自分自身の身に起こるなんて。
葬儀が終わってしばらくは仕事に忙殺された。
友達や元カノも心配して、頻繁(ひんぱん)に飲み会や食事に誘ってくれた。楽しく過ごしても、真っ暗な我が家に、1人帰ってくるとあの思考にはまる。
何であの時母の願い通り、一緒に台湾に行かなかったのだろう。
何であの日の朝、両親と妹ときちんと顔を合わせなかったんだろう。
何で、何で、何で――。
何で、俺が一人だけ生きているんだろう。
何度も繰り返し考える。
考えても、考えても、亡くなった家族は戻ってはこない。
もう二度と会うことはできないと頭ではわかっていても、気持ちが追いつかない。
あの時なんで俺は、と後悔ばかりがつのる。
胸の奥から込み上げる寂しさと、後悔に押しつぶされそうになる。
ずっと考えても、考えても、答えの出ない問いを繰り返す。
家族を失った日から3ヵ月が経った頃、プツンと糸が切れたように、体に力が入らなくなった。
仕事もはじめは体調不良で休んだが、2週間が過ぎた頃に正式に辞表を提出した。
両親が残した保険金や、家のローンも父が退職金で全て返済していたから、しばらくは生活に困らない。
そう思ったら、急に働く気力も萎えた。
毎日何をするでもなく、ただぼんやりと過ごす日が続いた。
テレビのリポーターの言葉がリフレインする。
『もしも願いが叶うなら』
もう一度両親、妹と一緒に暮らしたい。
時間を巻き戻して台湾旅行をやめさせて……。
そんなSF映画のようなことが叶うはずがないじゃないか。
今日もほとんど一日何もしていなくても、飲んだビールのせいか眠くなってきた。
2階の自分の部屋に上がるのも億劫で、両親が使っていた部屋へ入る。
なぜかふと部屋の隅に置かれた、焦げ茶色の古いトランクが気になった。
父が誰かからもらったらしいトランクは、ミカン箱を少し大きくしたくらいのサイズで、ところどころに擦れたように皮がはがれていて、両隅がベルトで留められている。
父が初めての台湾旅行にと準備されたが、直前になって大きくて機能的なスーツケースに入れ替えられたのだろう。
最近ずっとこの部屋で寝ていて、全く気にならなかったトランクだが、
開けてみたくなった。
両端に取り付けられたベルト式のサドルを持ち上げるが、全く開かない。
そうか、壊れているんだな。
だから父は、このトランクを持って行かなかったんだ。
そう納得し万年床に潜り込み、眠りに落ちた。

ガタッ、ガタガタ、ガッタン。
地面からの振動で、目が覚める。
暗闇の中で地震か?と目を開ける。
ガタッ、ガタガタ、ガッタン。
音は段々と大きくなっていく。
起き上がり音のする方に目を凝らす。
暗闇に目が慣れてくると、トランクが小刻みに動いている。
慌てて電気をつけトランクに近づくと、大きく左右に揺れ出しものすごい勢いでトランクが開いた。
と同時に驚いて尻餅をついた。
開けようとしても開かなかったトランクが勝手に開いた。
さすがに怖かった。
部屋には俺一人。
心霊現象か?
「落ち着け。怖くないぞ」と素っ頓狂な声でいってみる。
「そうだ。怖くない。怖くないんだ」といいながら、四つんばいのまま両手を地につけてはってゆっくりとトランクに近づく。
開いたトランクの中に、彫の深いこげ茶の長い髪の洋風人形がいた。
持ちあげると丁度片方の腕くらいの大きさで、はじめて見た洋人形になぜかとても懐かしさを感じる。
洋人形は濃いモスグリーンのベルベット風の生地に、金の刺繍が施されたガウンのような上着まとっている。その上着を留めるように、赤ちゃんの手の握りこぶしくらいの楕円形のくすんだ小豆色の宝石のような石が留められている。
表面がツルンとこんもりしていて、触ると冷たいが滑らかな感触だ。
中世のヨーロッパの貴族のようないでたちの洋人形を手に取って、色々な角度から眺めてみると、足元が袋状になっていて、その中に手が入るようになっている。
左腕に洋人形をはめて腕を動かしてみると
「私はアーシャ」と低い男の声がした。
心臓がドックンとなり、心拍数が早くなる。
今の声は何だ?
「私の名前はアーシャです」ともう一度聞こえる。
「アーシャって?誰だよ」と辺りを見回してみる。
「あなたが持っている人形です」
慌てて手にしていた洋人形を放り投げる。
「ゆ、幽霊か?」
「幽霊ではありません。私はその人形の胸に付いている宝石の中に宿る魂です」
「宝石の中の魂?って。だから人形の幽霊だろうが」
「違います。私は生きています。幽霊ではありません」
ぎゅっと目を閉じて
「な、なんでもいいけど、もうどっかに行ってくれ」と洋人形に手を合わせる。
「そうはいきません。やっと、あなたに巡り会えたんですから」
洋人形が話をするなんて。
それに生きているって何だよ。
「頼むよ。俺は君に何もできないし」
心臓の鼓動が激しくなる。
「私はずっと、あなたを待っていたんです」
眼を閉じたまま、はって部屋の隅に行き、座り込み手で顔を覆い
「なんでだよ!なんで俺なんだよ!何かしたか!」
「あなたは私を救ってくれるのです」
耳を手で覆っていても人形の声が聞こえる。
こわごわとゆっくりと眼を開けると、布団に転がった人形の胸の宝石がぼんやりと光っている。
「救うって?どういうことなんだ」
「トランクがあなたを選びました」
洋人形の胸の宝石の弱い光がゆっくりと点滅する。
「その壊れたトランクが?俺を選んだ?」
怖くてたまらないが、洋人形から聞こえる声にじっと耳をすませる。
「そうです。このトランクは不思議なトランクなんです」
「ただのトランクじゃないのはわかったよ。人形さんは幽霊?じゃなくて魂さん?普通じゃないもんな」
「では私のことを教えましょう」洋人形の胸の宝石から声が響く。
「私は大昔にインドの王族として生まれました。私の母の王妃が重い病気になり、魔術師からこの小豆色の宝石を渡されたのです。
魔術師は『この世で悲しみに暮れる人に、それぞれの願いを叶えて、その悲しみを希望の光へと変えた時、その希望の光が星となってその石に宿り、全ての願いをそなたに与えるだろう』
怖い気持ちはあったけど人形の話にだんだんと引き込まれていく。
「それで人形さんは、なんで宝石の中の魂になったんだよ」
人形の胸の宝石の点滅の間隔が少し頻繁(ひんぱん)になる。
「そう魔術師にいわれて私はすぐに旅に出て、この世で悲しみにくれる人を探しました。城の外は沢山の悲しみにくれる人がいました。病気で苦しむ人、子どもを無くした母親、親に捨てられた子供、そうした人びとの願いを叶えることは、とても難しいことでした。私は1人の願いをかなえることができずに、ただ月日だけが過ぎました。そして大きな戦争に巻き込まれて、私の体は亡くなり、魂だけがこの宝石に宿ったのです」
もう一度、はってゆっくりと人形に近づき
洋人形を持ちあげ「それで俺は、何をすればいいんだよ」
そういった自分に驚く。
でももう不思議と怖くはなかった。
人形の目を見ると、ずっと昔から一緒にいたような懐かしい気持ちになり、宝石の魂をじっと見つめる。
「この世で悲しみにくれる人びとに希望の光を与えるんです」
アーシャという宝石の魂から響く声に合わせて、宝石の表面の点滅が鈍く光る。
ムラムラと込み上げてくる気持ちをそのまま吐き出すように
「俺が?悲しみにくれる人に希望を与えるって」
「そうです」
「は~。今希望の光が欲しいのは、俺のほうだよ。家族を一度に亡くしたんだからさ」
「だから私は、あなたを待っていたんです。家族を亡くし、苦しみ悲しみに沈んでいるあなただからこそ、同じ境遇の人びとに寄り添うことができるのです」
俺はとうとう頭がおかしくなったんだ。
夜中にこんな洋人形とわけのわからない問答をして。
またアーシャを放り投げて電気を消して、布団に潜り込み目を閉じる。
明日になればきっと夢だったとなるに違いない。
「それがあなたの使命です。逃げてはいけません。必ずあなたの願いも叶うのです」とアーシャの声がする。
「魔術師が教えてくれました。『抜苦与楽=ばっくよらく』人の苦しみを抜き、喜び、希望、楽しみを与える――そうすることで自分自身も癒され、幸せな人生を歩むことができると」アーシャの言葉は気持ちに反して心にドスンと響く。
今どん底にいる俺が、どうやって人に生きる希望や喜びを与えるんだ。
「そんな神様か仏様みたいな生き方ができるわけないし無理だね。っていうかそんなことしたくない。だったらアンタが先に、俺のこの苦しみを、家族を一度に失った悲しみを取り除いてくれよ」
アーシャの魂はまるで俺の心の中を覗いているように「そのあなたの今の苦しみは、同じ悩みや苦しみを持つ人とわかち合う時に、希望へと変えられるのです」
苦しみが希望へと変えられる。
その言葉は心に刺さった。
布団からゆっくり起き上がり、暗闇の中のアーシャを見つめた。
アーシャの胸の宝石が、ぼんやりとした光りを放つ。
「私と一緒に行きましょう」
「行くって?どこにだよ?」
「それはトランクが決めます」
「トランクが、決める?」
部屋の電気をつけて開け放たれたトランクの中を覗きこむと、パスポートと航空券が入っている。
パスポートを開くと俺の顔写真と、名前が『瀬戸浩』と印字されている。
俺のパスポートは5年前に卒業旅行で、タイに行った時で期限は切れていたはずだ。でもトランクが用意したパスポートの期限は、両親たちが台湾に行った日付から10年となっている
航空券も俺の名前で、行先がドイツ・ベルリンとなっている。
そして20万円ほどのドル紙幣も入っている。
一体これは何なんだ。
ドイツ行きの日付を見て、更に驚いた。
飛行機の出発時間は4時間後。
迷っている場合じゃない。
「アーシャ。ここに行けば、俺の願いも叶うんだな」
「全てはトランクが決めます。あなた自身が全ての使命を果たしたら、その時にあなたの願いも叶うでしょう」
空港まで行ったら、この航空券はニセ物ですっていわれるかもしれない。
誰かが仕組んだたちの悪い、いたずらかもしれない。
でもトランクとアーシャという人形と一緒に旅をしてみたい。
その先にあるかもしれない希望のかけらをつかみたい。
そう思う気持ちで一杯になる。
――もしも願いが叶うなら――
その希望にかけてみようと思った。
アーシャがいう、この苦しみが希望へと変えられるなら、そこにかけてみよう。
慌てて旅支度に取りかかり、トランクに少しの着替えを詰めた。
アーシャという洋人形は手荷物で機内に持ち込めるように、布製のトートバックに入れた。
空港に到着して当然のごとく搭乗の手続きがすみ、手荷物検査でアーシャを少しだけ入念に調べられた。
若い男が手荷物で持ち込むには、違和感があるのだろう。
検査官に胸の宝石をじっと見つめられるが、何もいわれずに通過する。
トランクとアーシャに導かれて、本当に日本からドイツへと旅立つ。

この先は書籍にてお読みください。


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