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日本軍はベストを尽くしたのか?ミッドウェー海戦の敗北

 今年で太平洋戦争におけるミッドウェー海戦から80年になる。
 このミッドウェー海戦において、日本海軍が敗北して太平洋戦争の主導権が日本からアメリカへ移る契機となる戦いです。
 果たして、日本軍はベストを尽くしたうえで負けたのか?

米空母の存在感


空母「エンタープライズ」



 日本軍がミッドウェー攻略を実行した理由は米軍の空母との決戦をする為でした。
 米太平洋艦隊の拠点であるハワイに近いミッドウェー島に(2100km離れているが)日本軍が迫る事で米海軍に空母を出撃させて海戦を強要する訳です。この海戦で米軍空母を撃滅して太平洋での制海権を固めたいと言うのが日本軍の狙いです。
 真珠湾攻撃で米軍の戦艦6隻を撃沈または損傷させたものの、空母は無傷でした。その無傷の米空母は反撃に動きます。「エンタープライズ」は当時は日本領であったマーシャル諸島を空襲し、「ホーネット」は陸軍の爆撃機B-25を出撃させて日本本土を空襲しました。
 まさに日本海軍にとって放置できない、確実に撃滅したい存在になっていました。
 そこで日本海軍、特に連合艦隊司令部は米空母を撃滅する戦いの場を求めていたのです。


両軍の兵力

空母「赤城」


 ミッドウェー攻略作戦で日本海軍の連合艦隊は総力を挙げた出撃をします。
 空母「赤城」・「加賀」・「蒼龍」・「飛龍」の機動部隊のみならず、戦艦「大和」や「長門」・「陸奥」・「伊勢」・「日向」・「扶桑」・「山城」などの主力部隊にミッドウェーへ上陸する陸軍と海軍の部隊を連れて行く攻略部隊(空母「瑞鳳」、戦艦「金剛」・「比叡」、重巡洋艦「愛宕」・「鳥海」など)に潜水艦部隊が参加しました。
 艦艇の数は主要艦艇では空母は6隻(小型含む)戦艦11隻・重巡洋艦8隻で軽巡洋艦や駆逐艦に支援の艦船を含めると300隻になる。航空機は機動部隊の艦上機が263機
 開戦以来、最大の戦力を日本海軍はミッドウェーへ向けます。
 対して迎え撃つ米軍は空母「エンタープライズ」・「ホーネット」・「ヨークタウン」の機動部隊(機動部隊は「エンタープライズ」と「ホーネット」を中心とした第16任務部隊と「ヨークタウン」を中心とした第17任務部隊に分かれていた)
 これとミッドウェー島に配備された戦力になります。
 機動部隊には戦艦は無く、護衛の艦艇は重巡洋艦7隻・軽巡洋艦1隻・駆逐艦15隻で機動部隊の艦上機は233機になります。
 ミッドウェー島には艦上戦闘機27機、艦上爆撃機28機、艦上攻撃機6機、陸軍爆撃機23機、飛行艇32機がありました。
 戦闘機や爆撃機を合わせると84機、飛行艇を合わせると116機になります。
 艦艇の数では劣勢ながら、日米の最前線に出る航空戦力では日本が263機に対して米軍が349機と米軍が優勢になります。
 

機動部隊への大きな負担


 ミッドウェー海戦は日本軍の機動部隊が米軍の機動部隊と、ミッドウェー島の航空戦力を相手取る困難な戦いの末に空母4隻を失う敗北に終わります。
 主力部隊と攻略部隊は機動部隊より後ろに居て海戦に参加しませんでした。
 ミッドウェー海戦は「運命の5分」による米軍の攻撃があと少し遅れていたらと言う論や、第二航空戦隊司令の山口多聞少将による対地攻撃装備のままで攻撃を出撃すべしと言う意見具申よりも以前に、海戦を機動部隊だけで戦わせた事が敗北の原因と思えます。
 ミッドウェー島から出撃した米軍航空隊の空襲を受けつつ、米軍空母とも戦わなければならない多忙さによるところです。
 もしも、主力部隊と攻略部隊が機動部隊の空襲のすぐ後でミッドウェー攻撃に向かえる位置にあれば、機動部隊はミッドウェーへ第二次攻撃を行うか迷う必要はありませんでした。
 こうなったのは、ミッドウェー海戦より前のセイロン沖海戦で機動部隊がセイロン島を空襲しつつ、発見したイギリス艦隊を攻撃して空母と巡洋艦を撃沈する戦果を挙げたせいかもしれません。
 この成功例が機動部隊に任せ、機動部隊が敵を片付けてから後続の艦隊が行くと言う作戦の進行になったのかもしれない。


出来る事をやった米軍

日本軍の暗号解読を行ったCIU(戦闘情報班)の班長ジョセフ・J・ロシュフォール

 米軍は日本軍の行動を読もうと情報収集を行い、次の作戦目標が「AF」であると分析するもののそれが何処を指すのか確証が無かった。
 そこでミッドウェー基地から「真水製造機が故障している」と無線で報告する電文をわざと発信させた。日本軍はそれを傍受して「AFで真水が不足している」と電文を発信して答え合わせになりました。
 これは日本海軍の暗号を解読できていたから出来た分析と、情報戦でした。
 そして迎え撃つ作戦の段階では、珊瑚海海戦で爆弾が1発命中し至近弾2発を受け傷ついた空母「ヨークタウン」を三日の修理で戦列に復帰させた。
 「ヨークタウン」の損傷は飛行甲板が爆弾で貫通されて穴が開き、爆弾の貫通は「ヨークタウン」のボイラーにも損傷を与えた。至近弾による衝撃で船体が損傷して燃料漏れが生じる大きなものでした。
本来であれば数週間の期間が必要な修理を三日で終わらせた。
単純に穴を鋼材で塞ぐ突貫工事が施された「ヨークタウン」は空母「サラトガ」の航空隊から航空戦力の補充を受けてミッドウェー海戦に出撃した。
これに増強したミッドウェーの航空戦力が加わる。アメリカ軍が使える手段を最大限に使い用意したと言えます。


日本軍はベストを尽くしたのか?

 果たして日本軍はベストを尽くした上で負けたのか? 
 海戦の前日に主力部隊の旗艦である戦艦「大和」では米軍がミッドウェーへ空母を出撃させたと言う情報を掴むものの、無線封鎖による存在を隠し奇襲する方針を変えられず、機動部隊へ敵空母出撃の情報は伝えられませんでした。 
 これは機動部隊でも情報を掴んでいるだろうとする楽観もあったとされます。 
 情報共有を疎かにした事で機動部隊は敵空母が居るか居ないかの悩みを抱えたまま、海戦当日を迎えさせてしまいます。これがミッドウェーへの第二次攻撃や爆弾と魚雷を取り換える混乱に繋がって行きます。 
 投入する空母にしても、珊瑚海海戦で損傷と航空戦力を減らした「翔鶴」と「瑞鶴」の参加は無理ではあるものの、ミッドウェー海戦と同時進行で行われたアリューシャン攻略作戦に投入された「準鷹」と「龍驤」をミッドウェー作戦に投入できれば日本軍は機動部隊を二つ海戦に投入できたかもしれません。 
 持てる能力で日本軍の動向を掴み、持てる戦力を準備して迎え撃つ米軍 情報共有を怠り、圧倒的に有利な戦力を出しながらも小出しに戦力を投入する日本軍 
 ミッドウェー海戦はどれだけ戦う前からベストを尽くしたかが勝敗を分けたと考えます。日本軍は作戦立案の段階から自軍の優位を過信していて、ミッドウェーとアリューシャンの作戦を同時に行うような戦略を採用し、奇襲を前提としていて機動部隊に過重な負担を強いる作戦を進行させる。 
 不測の事態を意識からも排除した勝つ前提が、日本軍にベストを尽くさせなかったのかもしれない。 
 それは出撃前に次はミッドウェーへ出撃だと巷に広がったとされる緩さに現れていたのかもしれない。


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