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どこかの介護職員の化粧事情の話。

私は化粧が超絶下手くそで苦手だ。コンシーラーの使い方も今一つどころか正直言えばまったくわからない。初めて手に入れたのは新卒採用の説明会が始まる頃、リクルートスーツに化粧必須となったあの頃に、バイト先の書店で誰でもわかる初心者メイク本みたいなのがあって、それを購入したからだった。

何かわからんけどとりあえずコンシーラーなるものは必要らしいぞ。買い揃えた本当に必要最低限のメイク道具にあったそれは、何故か開封方法がわからず、結局使われることもなく、化粧品を一応保管してあったポーチの底で眠りにつくことになった。そうして云年後にそっと断捨離された。正直すまんかった。あのコンシーラー。私ではない誰かが手にしていたなら、きっと有意義に使用してもらえたはずのコンシーラー。書いていて思う。本当にごめんね。ちなみにコンシーラーの使い方は未だによくわからず、現在は所持すらしていない。

化粧は社会人としての身だしなみ・エチケットと最初に聞いたのはいつ誰からだっただろうか。覚えていないけれど、私の周囲の友人知人はちゃんとメイクをしていたし、早い子は中学生から懐かしのアイプチや眉を描くとかアイメイクに励んでいた。中学の体育祭で突如豪雨に見舞われ、一人の子が「眉が溶ける!」と叫んでいたことを今でも時折思い出す。懐かしいといえば、年代がばれるかもしれないけれど、当時サン宝石で共同購入していたお手軽な装飾品なんかもみんなこっそりつけていたように思う。

そんなこんなで、中学・高校・大学と化粧にほぼほぼ触れてこなかった人間であるところの私の化粧に対する執着はとても低い。社会人としてのマナーとして、就職してしばらく真面目に最低限度の化粧をしていたけれど、オフィスワークではない私は早々に化粧より睡眠時間を優先し始めた。断っておくが、私の渡り歩いてきた職場の介護職員女性陣は九割ほどの方々がきちんと化粧をしていた。私がずぼらで適当なだけである。

職種柄、季節感を打ち出したメイクやネイルなどというものはさすがにみんなできなかったけれど。最初の職場で言うなら、限りなく目立たないピアスは許可されていたらしい。次の職場は全面禁止。その辺りの微妙なラインは各々の職場カラーというか、場所で違っている。ただ、一つだけ派手でも許されているものがあった。それはペディキュア。足の爪に施すネイル。

渡り歩いた職場が然程多くないので、うちの職場はペディキュアでもダメ!という現場もあるかもしれないけれど、私の場合は大丈夫だった。化粧が下手で不器用な私であるが、思い出したかのように時々爪に色を注す。そんなものを業務中に見る機会があるのかというと、まあ入浴介助で素足にサンダルをひっかけてわいわいやっている時くらいなんだけれど。私の唯一派手なところ。

赤に青にグレー。はみ出していたりムラがあったりはしょっちゅうだけれど、幸い極度の近眼なので自分の目ではそこまで気にならない。

通いの介護サービスを利用するご年配の方々は、結構な確率でお風呂に入る。そこで、女性陣は目敏く爪を見て、そして褒めてくれた。お世辞にも私はイマドキの顔をしていないし、美人でもない。しかしながら『荒れない手』を持っており利用者様方から絶賛好評をいただいていた。手首から先を交換したいというなかなかにスプラッタな申し出も何件かあったが、体型にコンプレックスを持っていた私には、他者から肯定される身体のパーツがあることが嬉しかった。たとえ『働いていないお姫様の手』と呼ばれても。現在進行形であなた方の介助という仕事をしてますがな。

褒められる手首から先。それは持って生まれたものだけれど、足の爪は違う。私が前夜、ぺたぺたと塗った代物だ。私が私の為に作ったものだ。それを綺麗だと、女性陣はにこにこしながら褒めてくれた。その色綺麗ね、と。ほわほわした。公私問わず、化粧を褒められたことは、本当にない。唯一がペディキュアかもしれない。

私にも、セーラームーンに憧れた頃があった。化粧品のパッケージの可愛らしさに心躍らせることもあった。社会人のマナー云々以前に、化粧をせずに集団の中にいると自分自身に対する自信がみるみる失われて惨めさを感じることがあると気付いた。化粧を鎧だと表現した小説があった。そうかもしれない。それがすべてではなくても、自分に自信を与える鎧。化粧は誰かのためではなく、自分の為にするものだ。そんなよく聞くフレーズが、今頃になって時々頭を過っていく。誰かに綺麗だと言ってもらいたいというのは、回りまわって自分が認められたいからで、結局自分の為だし、最近やっと化粧をしたらテンションが上がるという感覚もわかるようになった。なっただけでここぞという時でないと化粧をしないもんだから、腕は本気で上がらないのだが。

褒められるというのは、記憶になって自分に残る。褒めてくれた人たちは、故郷の田舎のデイを利用していた方々だった。その後就職した街のデイでは、皆さま私なぞの足どころか化粧も気にしない。それはそれで良い。それでも私は私の為に、時々爪に色を注す。ふと足元を見て、色を見て、褒めてもらった日を思い出す。それでその場の疲れとか苛立ちが全部チャラになるわけではないけれど、私を褒めてくれた人がいることを思い出すと、やっぱりほわほわする。

褒めてくれてありがとう。


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