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「いじめ」との関わり

今日は、実体験というか色んな話を交えてこの内容を書きました。
勝本です。

僕は決して、「いじめ・不登校相談窓口」はやっておりませんがやった方がよいのかなとも思い始めてきた16歳です。

※これからの内容は僕の勝手な実体験からの本音です

僕は、いじめの魂胆としては結局1つしかないと思っています。

それは、なにか

いじめられている子にも非がある

いじめている子にも非がある

なんで、そんなことを言うんですかと言われます。
それは、そうですよね。ですが、ちゃんと理由があるんです。

ここで質問です。
いじめの対象って逆に非がなければどのように対象になりますか?

では、僕は「いじめていたしいじめられていた」のでその視点から考えてみましょう。

いじめを受けている子には、無意識の上でを生んでいるんです。

だけど、なぜいじめている子の方が悪いかと言えば、それは比率なんです。

いじめを受けている子の非が2とすればいじめている子は、4倍の8で非を与えてしまうのです。

それこそが、いじめの魂胆であるということに気づいた時は自分だけが被害者と思うのはやめておこうと思いました。

ですが、それは僕のメンタルだからできたのかもしれません。僕が言いたいのはそんなことありませんと言いたいです。

そもそも、自分って誰の為に生きているんですか?
自分は勝手に生んだ親のせいで惨めな思いをしていると思っていませんか?

僕はそうじゃないと思うんです。
自分の為に生きているから自分の事で悩んでいるんじゃないんですか?
自分がされているということに対し自分は悪くないと思うから、自分がネガティブになっているだけであると思います。

自分の為に生きているから自分の為に悩み苦しいという現実を知る必要があるということです。

いじめを受けているから学校に頼っても学校は何もいいことなんてしれくれないですよ。

いじめも自分事なんだから所詮他人に頼るより自分に頼った方が周りは変わるんです。

いじめを軽く見ているわけではありません。いじめはいじめてだからこそ、ゲームだと思って遊べばいいんです。

学校で守ってくれる先生がいるのかわかりませんが心の片隅では「学校に行きたくない」と思っているのではないですか?

それは当たり前じゃないですか、先生は先生だし一人の為に先生が動くと他のいじめの関係ない友達などはどうするんだって先生達も勝手に距離を置くんですって。

誰も頼れないというよりか誰も頼りにならない世の中になっているんです。



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