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相方の良からぬ妄想

あれこれと想像するという事は人間だけに許された能力であると思う。

だが、人間の想像力というものは諸刃の剣みたいなもので、良い事も悪い事も無限大に想像していった挙げ句、自分の中で納得の行く一つの仮説が出るまで考える事を止めようとはしない。

アランは『幸福論』の中で
「将来に起こりうる不安というものは全てその人の想像力が構築するものだから、今現在を全力で生きるべきである」
みたいな事を書いていたと思うが、如何に人間の持つ想像力が強力であるかを物語っていると思う。

ご多分に漏れず我が相方も要らぬ想像力をお持ちな様で、それは単純に「妄想」と言っても過言ではない。

昨年のキャンプでこんな事があった。

そこのキャンプ場は夜になると、キャンプ場周辺を縄張りとする貪欲な猫が晩飯欲しさにテントを徘徊する。テントの中にまで侵入してくる程の悪辣ぶりである。
後にこの事実はキャンプ場で仲良くなった常連キャンパーから教えて頂く事になるのだが、当初は知る由もなかった。

事件が起きたのは初日の夜中。
テントの中でごそごそと音がするので起きて見ると、その気配を察して音が止む。又、暫くするとごそごそと音がする。
それを何回か繰り返していると、眠気に勝てずそのまま諦めて寝入ってしまった。

翌朝、テントの中は特に荒らされた様子もなく昨晩の事は夢の出来事かと一種の安堵感に満たされたまま、朝食の準備に取りかかる。
朝食は何時もホットサンドと決めているので、準備するのだが、メインの食パンが何処を探しても見つからない。

食パン自体はキャンプ場に行く途中に購入したのだから必ずそこに存在していないといけないはずなのだが、影も形も無い。完全なる無である。
食パンを探しながら昨晩の事を相方に話すと、

「誰かがテントの中に入って盗んだに違いない」
               

と相方は怪訝そうに言う。

「違いない」という根拠はどこにあるのか皆目見当がつかぬが、昨晩の出来事と食パンが紛失したという状況を鑑みれば、そういう仮説も成り立たない訳ではない。少なからずの可能性はあるだろう。

テントの中や周辺を何度探しても姿を現さない食パンを諦めて別の朝食を取っていたら、バイクで来ていたソロキャンパーがいる隣のサイトでホットサンドを焼いている光景が目に入った。何気無く相方にそれを伝えると一言。

「あの人が盗んだんじゃないの?」

勿論、冗談半分で言っているのだが、思い込みもここまで来ると笑ってしまう。痴漢の冤罪はこうした思い込みによって生まれるのだろうと推察する。

そんな会話を隣のサイトを横目で見ながらしていると、神の悪戯か不意に自分達のすぐ上を2羽のカラスが食パンを咥えて飛んでいるのを目撃した。
その瞬間、食パン紛失の疑念が氷解したような感じを受けたのである。

相方の良からぬ妄想の舞台となったキャンプ場。   彼女の妄想は果てしなく闇が深い。

朝食後、サイトの裏山を散歩していると図ったかの様に食パンの袋を発見。
その午後に来られた常連キャンパーに事の経緯を話すと猫の仕業である事が判明した。

食パンは買ったスーパーの袋に入れて、テントの中の棚に吊るしてあったのだが、件の猫は袋も破かず器用に食パンだけを取ったみたいであった。
この経験から夜間は食糧全てをクーラーボックスに入れて置くことを学んだ。

それにしても突然発動する相方の良からぬ妄想。笑わせてくれるのだが、同時に深い闇をも感じさせる次第である。

最後までお読み頂き有り難うございました。 いつも拙い頭で暗中模索し、徒手空拳で書いています。皆様からのご意見・ご感想を頂けると嬉しいです。