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財宝は何処へ

出発準備

久々に大学へ行ってきた。
用がなければ行かなくていいのが今の私の特権でもある。
そんな状況の中、私を強制的に大学へと向かわせる理由は二つ。
①学生証の更新 ②健康診断
どちらもスムーズにこなして終了。
特に目立ったイベントもなかった。
強いて言えば、学生証の裏面に”5年”という記載があったこと。
そして、健康診断でサークルの後輩に会って気まずい感じになったこと。
これが大学に5年在籍するってことなのかと実感した。

出発

3時頃にやるべき用事が全て終わった。
せっかく大学に来たのだから、どこか大学の施設に行こうと思った。
恥ずかしながら5年目にして未体験の施設がある。
”図書館”に行った記憶がない。
本当に大学生を4年もやっていたのかと疑われるだろう。
私に足りない何かが浮き彫りになっている。
これは行ってみるしかないと思い、すぐさま向かった。

目的地に到着

大学の図書館に着いた。その大きさに驚いている。
学生証で入館できるということぐらいしか知らなかった。
私は今日更新したばかりの”5年”が刻まれた学生証で入館する。
地下がある。上のフロアが何階もある。デカい建物である。
何よりも驚くのは、春休みなのにも関わらず多くの学生がいることだ。
改めて痛感した。学生の本分は勉強である。
今まで私がどれほど学業をサボってきたのかを思い知った。
本を熱心に読み込む学生はもちろん、複数人で声出しOKの会議室を借りて作業をしている学生、自習スペースで本と向き合いひたすらタブレットを操作する学生など。同じ空間にいることすら申し訳なくなってきた。
ここにいる学生たちとの見えない差がひらいていくのを感じた。
私だったら他の用途で使いそうなぐらい分厚い本たちに囲まれて息苦しい。

私の航海

思い返してみると本当に本を読まない人生だった。
人生の節目ごとに本を読んだ方が良いということだけを学んできた。
読書が習慣として根付いたことは一度もなかった。

最近タイに移住した大学の先輩がいる。
昔、私を初めてクラブに連れて行ってくれた先輩だ。
クラブやシーシャが好きで、絵に描いたようなチャラついた先輩だった。
しかしながら、どこか知的で頭の回転が早く、行動力の溢れる人だった。
仲良くさせてもらっていて、先輩の家にも呼んでもらったことがある。
初めて先輩の家に入った時、衝撃的だったのを今でも覚えている。
一人暮らしの家に、これでもかというほど本が積まれていた。
床にも本が散らばっていた。知識で溢れかえった部屋だ。

まさに私がnoteを始めたきっかけでもある高校の友人は、信じられない量の本を読み続けていた。高校3年生の時、彼と同じクラスだった。
私の高校では、「クラス対抗で本を何冊読んだか競う」というイベントが開催されていたのだが、彼一人の読書量で常に他のクラスをはるかに超えていた。
彼は定期テストの前に、いつも机の上に山積みになった本を読み漁っていた。
周りの皆は、テスト勉強をしなくて良いのかと心配していたが、彼は常に学年で一番の成績を取っていて、誰も勝てなかった。彼はそのまま京都大学に進学した。

これまで出会った人の中で、本を読んでいるイメージがなくても(少なくとも私よりは読んでいると思われるが)頭の良い人ももちろんいた。
しかし、本を沢山読んでいる人は、例外なく皆頭が良いという印象である。

宝の在処

ウォルトディズニーの言葉に以下のようなものがあるらしい。

”宝島の海賊たちが盗んだ財宝よりも、本には多くの宝が眠っている。そして何よりも、宝を毎日味わうことができるのだ”

なんとも美しくお洒落で説得力のある言葉だ。
この言葉に沿って言えば、私はまだ眠った宝を見つけてすらない。
5年目に焦り始めるのは遅すぎるかもしれない。
しかしまだ23歳の私で気付けて良かった。
これから長い人生の中で沢山の宝を味わえるチャンスがある。
周りの学生たちにはかなりの遅れをとってしまったが、私は今から宝探しに出発しようと思う。もう望まない後悔をしないために。



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