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【寄席エッセイ】帰宅して第一声はみんなどうしているのか?ただいま・・・ただいまなのか!?

その日は嵐だった。


いや、本当に嵐が来たわけではない。しかしそこに「タイクーン」だか「ダンターグ」だか「ボクオーン」みたいなアメリカ圏でよく来るハリケーンの名前と見せかけて実は七英雄みたいな名前の嵐がきていたのだ。我が家に。



詳細はいつか書こうと思っているが私はストレスのような澱みが頂点に達すると上手に体温調節ができなくなる。

火照りをひどくしたような顔が赤らみを超えてむしろレインボーカラーのようになり苦しくなってその場で倒れてしまいそうになってしまう。特に電車で。


そんなメンタル状態でどうにか騙し騙し出社したある朝、娘は四十度近い高熱でダウンしていた。そして妻も同様に熱を出し動けない状況だった。


しかし私は会社に来てしまっているので大急ぎで仕事をこなすものの、そんな心理状況なのでうまく電車に乗り継げず、これまた息絶え絶えで自宅についた。


翌日。偉い人との会議が入っているのだ。どうにか出社したい。


が、下の娘は明日幼稚園お休み。上の娘はまだ熱がある。そして一番大きな私の妻もダウン。



うん。だめだこりゃ。


膜が破裂して脳漿が背中に垂れている気がするが上司に連絡をし翌日はお休み。

病院の手配の仕方と関ヶ原の合戦後みたいな我が家の片付けをしてどうにか布団に入る。


嵐だ。明日は嵐だ。妻は動けず、上の娘も病院に連れていかなくてはいけない。しかし下の娘はフル回転可能。中日も開けず、一週間は9回まで投げられるような肩の仕上がりを見せているだろう。私のマインドは仕事と家庭で爆発しそうだ。どうやって上司に謝ろうか。いやもうこうなっては仕方がない。休むっていっちゃったし。


眩暈を通り越して記者会見のまばゆいシャッターのようなフラッシュが私の眼下に光る。しかしそれでも寝なければ明日は持たない。もう持つ気配もないほど憔悴しているが、妻だって辛いし娘だって辛いんだ。いや下の子はあんまり辛そうじゃねえけどさ。



そして今朝。



上の娘は元気百倍アンパンマンだった。あんなに熱出てたのに。

しかし、妻は元気マイナス百倍だった。何パンマンなんだろう。これは。



ので、朝から娘二人と過ごすことになったのだ。二人とも元気。



朝飯を作り、皿を洗い、一緒に遊び、掃除をし、洗濯をし、気づけば昼なので飯を作り、皿を洗い・・・



気づけば夜だった。妻はまだ寝ていた。怠け者より遥かに睡眠時間が長い気がする。

いや、妻は怠け者ではない。日々私が今日やった事(多分私は色々抜け漏れがある)よりもハードトゥキルな労働をこなしているのだ。だからこそ風邪なんかかまされた日にはもう一歩たりとも動けない程に疲れ切っている。疲れ切って眠っているのだ。眠っていたのだ。



そんな妻はのそりと起きた時間があった。あれは午後4時ぐらいだったろうか。




眠りすぎて頭が痛いのだと言う。動かなすぎて体が痛いのだと言う。腹が減りすぎてよくわからないのだと言う。


「そりゃ、大変だからもっとよく寝なさいな。何か食べるか?」



いそいそと準備をしながらも、私は子供たちとの格闘と諸々の雑務をひーこらこなし、職場での会議のことも駆け巡らせながらその刹那、本当に刹那、自分の心の狭く醜くゴミみたいな部分を垣間見た。

(労ってほしい・・・)

そんなこと考えていたのだ。マジで。たった1日しかやってねえくせに。




風邪をひいている妻に。ボロボロの妻に。第1声が「お疲れ様です」であってほしいと思ってしまったのだ。いや、お疲れ様ですなんて丁寧に言われたら両方の膝の皿が割れて崩れて泣いていたかも。「おつかれちゃん」でも泣いていたかも。「ありがとうね」なんて言われてたら呼吸困難で死んでいたかもしれない。


そんなことを考えていた自分のウジ加減にマインドはマントルを突き抜け逆大気圏(地球の反対側の意)まで下がり切った結果私の表情筋が全く動かなくなってしまう。


あぁ。無常。



しかしまぁ子供にそんな部分を見せていてもしょうがない。表情筋の動かない人のモノマネなんか見させられても困るだろうに。そんなこんなでエンジンを再起動しモリモリと飯を作ったり風呂に入れたり・・・




はて。



子供たちを寝かしつけてちょうど私が帰ってくる頃合いの時間であることに気づいた。皿は洗った。洗濯も終わった。一息ついたと言うやつか。




俺はこの時間に帰ってきて、妻に「ただいま」とかほざいている・・・のか・・・?



考えてみる。


妻は朝から子供たちの準備をし、飯を作り、今日の私以上に家事をこなし、部屋を綺麗にし、子供の胃を満たし、心を満たし、ボロンボロンの状態でリビングのテーブルに突っ伏している。普段。ダイニングテーブルに妻の顔のシミができるぐらいに伏している。



そんな時に帰ってきた私が「今日は仕事が大変だった」なんてほざいてたらどうだこれは。



なんなんだこれは。なんなんだ俺は。



いや、というか。「ただいま」でもなんかこう・・・


凄く失礼な気がしてきた。


もちろんアットホームな意味合いのただいまっていうのはすごくいい言葉だよ?いい言葉だと思うしそういうのやっぱすっきやねんなんだけど、なんかもっとこう・・・かけるべき言葉ってあるんじゃあないか?あるよな?私今日思ったんだよ。


(労ってほしい・・・)



妻がそんな私のような心の器のサイズ(極極小)だとは思わないが、いや相手の心のサイズとかそういうのではなく、自分がどう発信するかが大事であって。うん。



家に帰れば、家族がいて、お風呂に入れて、今日あったヘンテコな出来事を笑い話に変換してなんてことをやっているにはやっていたけれど。

もっと家のドアを開けて一番初めに言うべきことというか、当たり前のようにやっていることのその凄さというか、別にそういうのを崇め奉りすぎるのは性格的にあまり好きではないが、「やるべきことをやらない」というのは性に合わないので。というか実際今日私が思ったから。


もう何もしないでいいから労ってほしいって。


お手伝いとかぶっちゃけしないでいいから「お疲れ様」って言われたいって。


寝てていいから「ありがとう」って言葉で1日働けるって。



となってくるとやはり平日に仕事から帰り「ただいま」なんていうのはぬるい気がしてきた。




「今日も1日お疲れ様でした」と言えなくては



なんて言葉が自然に自分の口から出てきていないのに、労ってほしいなんて考えるなんて自分はどこまでもシャバいのだろうか。恥ずかしすぎて屁が出ちゃうわね・・・




なんで今までこう言うことに気づかなかったのだろうか。うーん。




当たり前のようにある毎日の小さな積み重ねの大きさを忘れないようにしたい。

当たり前の挨拶や言葉の入りで労えたらもうあれだ。勝ちだ。優勝だ。


ガンガン労ってこ。労い尽くしてこ。

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