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宇治のカメムシ、丹後に散る

今、全国的にカメムシが大量発生しているらしい。

虫といえば、夏が暑すぎて「夏の虫」と言われるたとえば蚊なんかも、少し涼しくなったころに発生すると近年感じる。
虫にとってもそれほど暑い夏なのだ。人間にとって生き辛くないはずがない。家で大人しくしておくべきだ。
そんな9月ではあるが事実上の夏の日に、京都府北部の丹後半島で60kmを走ってきた。

前日はラン仲間宅に泊めてもらった。
その歳に、この大会で7回優勝している前田氏が、そのタフさ故に「丹後のゴキブリ」と称されていることが話題になり、「じゃあお前は鯖街道のハエだ」とか「あなたは精華のコウモリだ」とか好き放題言い合う空気になり、僕は「宇治のカメムシ」ということになった。臭ったのだろうか(笑)
翌日に、言霊の力を思い知るということは、その時の僕には知るよしもないのだが。

当日はタフな戦いになるだろうという予想はしていたので、それなりには準備をしてきた。

仕上がりは7割弱といったところ。
自分の力をできるだけ客観的に見て、目標を60kmを4分30秒/kmで走っての4時間30分とした。
暑い中とはいえ、ぎりぎり「ジョギングペース」と言えるペースだ。
できるだけ誰とも競わず、誰のことも意識せず、淡々と同じペースで粘れば、もしかしたら優勝争いに絡めるかもしれない…と思っていた。

作戦は悪くないように思われた。
最初から4分/kmを切って突っ込む人たちを余裕を持って見送り、あくまで自分のペースで刻んだ。
当日の最高気温は34度。ずっとずっと暑かったので、全ての給水所に立ち寄り、ボトルにスポドリを入れて、できるだけタイムロスしないように走り出してからチビチビ飲むスタイルを取るとともに、かかり水をしっかり行った。

40kmくらいまでは理想通りに進行した。
40km手前で最終的に3位になる選手を抜くことができて、おそらくそのままゴールすれば3位入賞はできたというところまでは来れた。
…が、そんなに甘くはないのが真夏のウルトラマラソンだった。40kmを越えたあたりから急に足取りが重くなってきた、「これはきついぞ」と思っていた44kmあたりで、今度は急な腹痛に襲われ、身体が動かなくなり、走れなくなってしまい、ウォッチを止めた。

メンタルも完全に折れてしまったので、45kmに設置されていた大きめの給水ポイントでリタイアを宣言した。
「もったいないが秋以降のレースもあるし」と自分に言い聞かせた。
収容バスに乗せてもらえるものだと思ったが、どうやらバスが来るのは、打ち切りが決定する3時間以上も後のことらしい。

そこで僕は思いついた。当日は、サポートとしてラン仲間の中江夫妻が車を出してくれている。スマホは持っていないので直接連絡を取ることはできないが、エントリー時に緊急連絡先として妻の電話番号を登録しているので、妻から中江夫妻に45kmまで迎えに来てもらうように伝えればよいのではないか。
45km地点の親切なスタッフさんにそのことを伝えて、何とか妻と話せないか試みた。すると、45km地点からゴール地点の本部に連絡を入れ、そのことを伝えてくれるということだが、なかなか上手く伝わらないのか、事が運ばない。

連絡を取るのは難しいか…と思っているうちに気づいた。
30分ほど休んだおかげで、ずいぶんと元気になっていた。何とか走れるのではないか。
その旨をスタッフさんに話した。「この暑さでは危険ではないか」と心配してくれたが、ペースを落とせば何とか走れると説得し、給水所ごとにしっかり休むことを条件に、再び走り出すことが許された。

そこからも大変キツかったが6分/kmくらいのペースまで落とした(というよりも、それくらいでしか走れなかった)ので、何とか最後まで走り切ることができ、完走率49%の中に形の上では入ることができた。
当然、完走できたということの喜びは感じることができなかった。ただ、「再挑戦の権利を得た」という感覚を勝手に覚えた。無論、再挑戦することの条件など存在しないのだが。

仕上がりが甘かったのだろうか。
あのコンディション下で、4分30秒/kmペースで60km走るほどの力がなかったんだろう。
そもそも40km過ぎですこししんどくなった時点で、当初の計画を早めに下方修正してペースを落として臨機応変に対応すべきだった。
結果的に、腹痛は一時的なもので、少し休めば治る程度のものだったのだから。
経験不足ゆえの撃沈ということでもあるので、もう一度だけ挑みたい。

こういったことは終わってしばらく経ってから思ったことだ。
走り終わった直後に場面を戻すと、当たり前だがヘトヘトで、精神的な充足はなく、「使い果たした」という感覚だった。
そんな中ではあるが、まずしなければいけないことがある。
妻への連絡だ。運営から連絡が入ったであろうから、きっと心配をかけているに違いない。

荷物を受け取り、妻に電話をかけた。
「心配かけて申し訳ない」
と言い終わらないうちに、妻から衝撃の言葉が出た。

「そっち、向かってるで」

どういうことだ!?
よく聞くと、運営から「すぐ来てください」と連絡があったそうだ。
「現場にいる仲間に迎えに来るように言って」が少数の伝言ゲームで「(あなたが)迎えに来て」に変換されたらしい。

そこから引き換えしてもらうわけにもいかず、結局は現場まで来てもらって、仲間たちと一緒に夕食を食べて、その日に帰ったわけだが、本当に妻に申し訳ないことをしてしまった。

宇治のカメムシ
タフなわけでもなく、何とか生き残って、迷惑という名の悪臭を巻き散らかしてしまった。

ちなみに丹後のゴキブリこと前田氏は今回もそのタフさを遺憾なく発揮し、見事2位でゴールしていた。
ただ、1位の人が超高温の中で大会記録を塗り替える圧倒的な走りをしたので、彼は「負けた」と言っていた。10戦7勝…2位は負けに入るらしい。
本当に強い。ぐうの音も出ないとはこのことだ。

ということで、今回はかなりメンタルに堪える結果だった。
あれから1週間経って、フィジカルとしては随分回復した。途中で事実上のリアイアをしていることもあり、ちょっと頑張った距離走の疲れ程度で住んでいるのかもしれない。
それまでの夏練習もそこそこ積めているので、秋シーズンに繋がるのではないかと客観的には思うのだが、いまいちメンタルが前を向かない。

焦ることはないが、何とか切り替えよう。
ランニングを応援してくれる妻に、今シーズンほど報いたいと思うことはないな、ほんと。

走る前の仲間たち

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