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神様のポケット - 週刊カツオ #5

脳は新しく記憶するために、忘れる。
だから、忘れるのは正常なことなんだ。

このような記憶にまつわるメカニズムを聞いたことがあります。
脳の仕組みとはいえ、忘れてしまったことを思い出せないと、悔しい。
私は、取り逃がした魚のように、本当に悔しいのです。

そう、あれは2021年1月22日のことです。
いいことを思いついたのに、忘れてしまったんです。
思いついたのが「いいこと」だということだけ、覚えています。
でも、そこ「いいこと」の残りは、何もかも忘れてしまいました。

あまりに悔しいので、ツイートにしようと思いました。
「いいこと」をメモしようとしたメモアプリのアイコンをタップして立ち上げて、その時の心情を言葉にしてみました。

私の心の中は、その時まで悔しさに100%支配されていましたが、心情を言葉に変換する過程で、不思議なことが起こりました。

推敲前の1人ブレストのとき、思ってもみなかった、ある思いがふと、浮かんできたのです。
悔しさの間隙をぬって、その思いはどんどんと私の心に広がっていきました。
その思いに満たされるがままに言葉に表したのが次のツイートです。

すると、このツイートを読んでくださった、なつめさんから素敵なリプをいただきました。

そう、私の忘れたアイデアは、「神様のポケット」に飛んでいく。
必要な時に必要な方へ、神様がポケットから差し出してくださってる。

おお、なぜだろう、何かものすごくホッとするのは。
ホッとして、うれしくて、すぐになつめさんにリプをしたためたのでした。

「神様のポケット」
まるで、映画のタイトルのよう。
忘れてもいい。誰か、必要な人に届くから。
自分の悔しい日、誰かが幸せになっている。
誰かが悔しい日、私に幸せが訪れている。

禍福はあざなえる縄の如し。
ベストを尽くしても、うまくいかない時がある。
ベストを尽くしたくても、尽くせない時もある。

そんな時、神様はこんな風に思ってらっしゃるのかなと思います。

あなたからこぼれたラッキーは、
私のポケットに入って、誰かに届けます。

誰かからこぼれたラッキーも、
私のポケットに入って、あなたにも届くかも。

失敗したり、損したり。
人生で苦しい時は「自分だけ、なぜ苦しいんだ」と悩むとき。
自分だけがつらい思いをしているのは耐えられない。

でも、世界中で、苦しんでいるのは自分だけではない。
みんな思い通りにならないことに苦しんでいる。

その苦しみは「神様のポケット」に入って、幸せに変換されて誰かに届く。
苦しみは、ただ一人、自分だけの苦しみではない。
誰かの幸せにつながっているのかもしれない。

そう考えると、もっと気楽に生きていいんだ。
神様のポケットに任せたらいいんだ。
もっと気楽に生きて、失敗していいんだ。
損した、苦しい、という気持ちで自分を責めなくていいんだ。

何か、とてもラクになりました。
自分の心のキャパシティが、少し広くなったような。

なつめさんから、心が広くなる言葉を教えていただきました。
ありがとうございます。

何かにつまづいたら、
イヤなことがあって落ち込んだら、
貯金箱へ5円玉をチャリンと入れるように、
「神様のポケット」へ、自分の思いをチャリティ。

見返りを求めない人は、知らず知らずのうちに、
他の人への思いやりを「神様のポケット」へ入れていたんだな。

誰かに届け、私の逃した何か。
私の代わりに幸せ、どうぞ大いに受け取ってくだされ。
そう思うだけで、心が豊かになる気がします。

「神様のポケット」には、今日も誰かの人生が行き来している。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。





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