朝日を目指して走れ。【#31】
きのう物語は、昨日撮った写真一枚と、その日記です。
「ああ、もう無理。歩こう。」隣人が言う。
「走ろう言ったのはお前じゃろう。」わたしは跳ね返す。
隣人はペースを段々と緩め、クールダウンするように歩きながら、ゆっくりと上着を脱いだ。
「無理なら、あそこの信号まで走ろう。」妥協のひとことを試みると、
「何を言いよん。妥協するな。」隣人は逆上した。
そして、走る。
「ハァ、ハァ.....」
二人の息はさらに切れた。
話を戻せば、朝6時を過ぎた頃である。隣の部屋から大きな物音がして、「土曜日なのに、えらく早起きだな」そう思って訪ねると、隣人の服装はすでに整っていて、外へ出る準備をしていた。
「いまから朝日を見に行くけど、一緒に行く?」 そう言われて断る理由は、見当たらない。わたしもそそくさと準備をして、二人で朝日を見るべく家を飛び出した。
「今日の場所は、少し遠いで。」
遠すぎたおかげで、わたしたちはいま、走っている。そのせいで、息を切らしている。
「ハァ、ハァ…このダッシュは...光のことを知っちょんやつじゃないとできんな...」
光とは、朝日のことである。わたしたちはカメラを持っていて、朝の光を撮りたいのだ。その瞬間を求めて、間に合わせようと走っている。また彼のわずかに残っている方言は、大分弁である。
目的地はやや離れた場所にある、大きな池だった。隣人がかつて、散歩をしている際に発見したらしい。世紀の大発見をしたのだ、というテンションで「いい池があったんよ!」とたしかに教えてくれたことがあった。
太陽はまだ、わたしたちまで直接届かずとも、より高いマンションから徐々に照らしはじめ、黄金色に塗り替えられた窓ガラスが、強烈な輝きを放っている。朝日が池に差し込む瞬間は間に合わないかもしれないが、それも仕方ないと思えるほどに澄んだ冬の空気が、わたしたち二人の心を満たした。
「シャトレーゼがあるで!」
「お〜シャトレーゼ〜」
「いや、ちがうやろ」
ツッコまれた。
…そしてあと少し足を進め、ようやく、池へ辿り着いた。住宅街に囲まれながらも、背の高い木々が生い茂り、池を覗けば何羽もの鴨が優雅に泳いでいる。自然と調和の保たれた、住民の憩いの場には十分なほどに、立派な池であった。
「いい池だな!」
「そやろ!」
そして、肝心の朝日は、わたしたちの到着を待ってくれていた。
「朝日、いまからやん!」
「いまから、やな!」
これ以上の会話は、必要なかった。
池の位置から見える朝日は、住宅街に隠れて少し遅かった。まもなくして、家並みの隙間から強烈な閃光が、わたしたちの目を眩ませた。気づけば湖面の波に合わせて輝く朝日が、キラキラと揺れている。目の前を泳いでいる鴨たちと、一緒に踊っているようだ。
体をすり抜けてしまいそうなほどの透明な朝日が、わたしたちを照らした。走ってまで求めたからだろうか。心が光合成でもしているのかと思えるほどに、感動した。すばらしい朝日であった。
わたしたちは二人、同じ場所にしばらくいた。しばらくといってもずいぶん長い時間、この池を愛でていた。
ポカリスエットを買います。銭湯に入ります。元気になって、写真を撮ります。たくさん汗をかいて、ほっと笑顔になれる経験をみなさんと共有したいと思います。