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【#05】奥尻島、後半の日誌。

――奥尻島3日目――

今日は小学生たちとブナ林を散策する。天気は午後にかけて悪くなる予報だが、まだ雨の気配はない。8時10分に家を出るよ、と言われて、8時に起きた。しまった、寝坊だ。

朝食はゲストハウスで暮らす“奥尻アニキ”が用意してくれたカレーライス。ゲストハウスには当時三人の方が、シェアハウスのような形で暮らしていた。アニキの出身は神奈川県で、3年前に奥尻へやって来たらしい。しかも、ぼくが3年前奥尻に来たときに、どうやら会っているらしいのだ。不思議な因果である。カレー作りが趣味で、前日にアニキたちと夕焼けを見に行ったときの写真をとても気に入ってくれて、お礼代わりにカレーライスを食べていいぞ! という、貨幣経済からの脱却による物々交換が成功したのだった。

残り10分しかないぼくは、信じられない早さで着替えをすませ、階段を閃光のように駆け下り、白米の上にかかったラップを外し、カレーライスの入った鍋を「せめて、温めて」と火にかけた。そして急いで食べたカレーライスに、稲妻が走った。「なんじゃこのカレーは‥‥!旨い‥‥!」驚くほどに、美味しかった。東京でもカレーライスはお店で食べていたけれど、それに負けない、いや、もしかすると、と直感するぐらい、アニキのカレーは絶品だった。「朝、かき込んで食べるなんてもったない‥‥!」と思うのは100%ぼくの責任なのだが、8時10分はすぐに来て、ゆうとさんとブナ林へ向かった。なんとか、間に合った。

ゆうとさんが案内する小学生は3年生だ。全員男の子で、仲良し四人組。奥尻には小学校が2つある。島にとって、子どもたちは大切な未来でもあるだろう。生徒と先生、車の運転手さんまで含めた自己紹介が終わって、いよいよブナ林へ入っていく。子どもたちは全員、ブナ林へ来るのは初めてらしい。瞬く間に森に包まれ、「風の音が聴こえた!」と反応する子どもに、「風の音はレラと呼ぶんだ」と、ゆうとさんが説明すると、生徒たちは空を見上げて、何かを得るような表情をしていた。さらに森の中へ入っていく。

さて、ゆうとさんはフカフカの土を歩きながら、「奥尻の美しい海は、この森が支えているんだ」と、昨日ぼくに教えてくれたことを、一段と丁寧に、ゆっくり話をしてくれた。ぼくは本当に感動した。「じゃあ最後に、この森で一番大きなブナの木に、お礼を言いましょう。せーの」「ありがとうございました!!」

彼らは初めて森に来て、植物の名前も、森の仕組みも、いずれ忘れてしまうかもしれない。しかし、それでいいのだ。森は人間の何倍も生きている。年月を経て、彼らが大人になり、いつか自然に対する思いが育ったとき、この森のことを思い出してくれたらいい。それが原体験であり、心の中の支えになるのだ。そして、同じく年を重ねるぼくたちにも、大きな責任があるだろう。

一番大きなブナ林に挨拶をして、「どういたしまして、って言ってるよ」生徒たちがそう呟いたとき、曇り空から一瞬、影がくっきり映るほどに太陽光が森を輝かせた。森は生きている。

さて、今日はまだ終わらない。離島仙人の元へ伺った。離島仙人とサンゴのアクセサリーを作るのだ。「運気アップのネックレスにしましょう」ということで、サンゴからネックレスを作ることになった。そもそも、北の海にサンゴ礁があるのかというと、少し事情が違う。“深海松”という希少な天然サンゴが、奥尻の海では採れるのだ。オークションで深海松を見ると、高級な価格帯で驚いた。「今日はせっかくだから、良さそうなものをいこうか‥‥」と、カゴの中に収められた深海松の中からじっくり選んでもらい、「こいつはいいぞ」というサンゴが選ばれた。

作り方はかつて誰しも体験したことがあるだろう、勾玉の作り方と似ている。粗い紙やすりで大まかに形を作っていき、徐々にやすりの目を細かくしていく。まず、1番のやすりをこうやって削りなさいと、離島仙人がお手本を見せてくれた。かつての仙人の話も聞く。「60歳までサラリーマンやってたさ。そこから、俺、好きなことやりたいと思ってな。水産業をやりたかったけど、女房が大反対だ。それで、退職金を2人で山分けすることにして、お互いこれで口出ししない、という折衷案にしたんだ」

仙人はまだ、サンゴを削ってくれる。ぼくも旅の話をした。奥尻はかつての旅ぶりに来たんです。「そうか。いいんだよ、進めばいいんだよ」仙人はそう言って、ようやくぼくにやすりをかけさせてくれたのだが、1番のやすりはほとんど完了していたので、程なくして2番のやすりに移った。まずはぼくが削ってみなさいと、30秒ほどゴシゴシと削り、「そうそう、いいよ」と言いながら、自然にやすりが仙人の手に渡った。ぼくは仙人の話を聞く係であった。「島にはあんまり戻る気は無かったけど、公務員として呼ばれたんだ。だから、運が良かったわけだなあ」「これ、3番です」と紙を渡して、仙人がまた削ってくれる。「では、これ最後の4番です」あれ、仙人がほとんど削っている。

体験工房ではあったが、ぼくは場を通して仙人の話を聞きながら、仙人がアクセサリーが完成させてしまうという、大変不思議なプランだった。出来上がったサンゴの表面の艶はうっとりしてしまうほどで、最高の出来上がりだ。「ありがとうございました、仙人!」

ゲストハウスに戻り、ゆっくりした。そろそろ温泉に行こうかな、というタイミングで、ゆうとさんが急いで呼びかけてきた。「虹だぞ、かつお!」慌ててカメラを担いで外に出た。そこにはくっきりと美しい虹が、本当に見事にかかっていた。ぼくとゆうとさん、それにアニキと同じく住人のあっきーさん、男たちで虹を眺めた。20分はその場にいた。

まちで同じように大きな虹がかかっても、同じ場所で長時間、虹を見る人が一体どれだけいるだろう。ぼくらの年齢は20代、30代、40代、50代だ。まるで年齢の異なる大人たちと、目の前にかかっている虹を、一緒に喜べる。その感動を共有できる場が、ここにはあったのだった。――(終)――

◎展示のお知らせ
タイトル|『奥尻日和
会場|FAbULOUS(札幌市中央区南1条東2丁目3-1 NKCビル1F)
日程|2022年2月1日(火)〜2月28日(月)
時間|FAbULOUSさんの営業時間に準じます。(現在は11時-20時)
奥尻島の日常や自然をテーマに、写真展を開かせていただきます。カフェ内ですので、是非コーヒーやお食事と一緒にごゆるりと。社会情勢もあります、どうか無理なくお越しくださいませ。在廊(のんびりと滞在)は、月末にお伺いする予定です。

ポカリスエットを買います。銭湯に入ります。元気になって、写真を撮ります。たくさん汗をかいて、ほっと笑顔になれる経験をみなさんと共有したいと思います。