「県庁倒産」アナウンスまで、残り17日。
財政破綻までのチキンレース
2008年初夏。
都道府県が財政破綻し、実質的に国の管理下に置かれるという、前代未聞の出来事が、岡山県で起ころうとしていた。
当時の岡山県は、1998年から2008年までの10年間、貯金に当たる「財政調整基金」が、ずっとゼロの状態だった。
その間、他の貯金(使途が決まっている特定目的基金)から、一時的に借り入れをしたり、法律等で決められている借金(起債)を、限度額まで借りたりして一時しのぎをして、同時に、3度にわたって厳しい歳出見直しや、行革をしながら、毎年毎年、乗り切っていたのが実情だ。
私は、2002年から2008年までの7年間、岡山県庁の財政課(うち1年間は行政改革推進室)で、この綱渡りのような財政運営に、直接関わってきた。
少しマニアックな話になるが、自治体が財政破綻するのは、国が法律で決めた「財政再生基準」を超えてしまった場合で、ざっくり言うと、「借金(返済)の額が膨らみ過ぎた場合」もしくは、「決算でキャッシュ(一般財源)が大きく足りなかった場合」のどちらかだ。
当時の岡山県の状況は、個人の生活に例えると、こんな感じだ。
「財布には現金が全然ない。貯金通帳の残高もゼロだ。後ろめたさがありながらも、子どもの貯金箱のお金を取り出して使ったり、親に頼んで何度も借金したりして、それを生活費に当てながら、毎日、何とか食いつないでいる。」
この時点での財政課内の雰囲気は、小手先でしのぐことの限界と不安感、税収の下振れに対する恐怖感で、とても息苦しかったことを覚えている。
誰かのためになるかもしれない
先日、こんな出来事があった。
今の仕事の同僚が、あるオンラインセミナーに、コメンテーターとして参加していた時のこと。
そのセミナーのやりとりは、隣のPCから聞こえてはいたが、特段、気にせずに、別の事務作業をやっていた。
そこで、北日本のある県の部長さんが、セミナーの参加者に対して、その県の基本的な政策や、財政状況をプレゼンしていたのだが、その時に、気になる単語が、時々、聞こえてきたのだ。
「基金が底をついた」、「このままでは、県財政が破綻しかねない」、「何とか歳出削減をしないといけない」。
胸の中が、にわかに熱くなってくる。
久しぶりに蘇る、いやな感覚だ。
ついに、やっていた作業の手が、止まってしまった。
「今の自分とは、直接、関係ない話だ」、「気にしてもしょうがない」と、言い聞かせる自分と、「厳しい歳出削減を達成するためには、しくみと体制、目標の根拠が必要だ」、「説明しているが、飛び込む覚悟はあるのか」と、心の中で叫ぶ自分がいる。
胸の熱さはさらに増し、複雑な感情が膨らんでいく。
それから数日、このことが、頭に引っかかって、いろいろ考え続けた。
「とても大変だった2008年のこと、ちゃんと記録しておけば、これから先、同じような誰かの役に立つかもしれない。」
「何も残さず、伝えないのは、無責任じゃないか。」
そんな思いが、だんだん強くなっていき。
自分の気持ちの整理を付けて、小さな決断をすることにした。
「これから先、少しずつ、ここで書いていこう。」
箪笥の引き出しの奥にしまい込んでいた小箱を、一つずつ取り出して中身を確認するように、ちょっとずつ、丁寧に、伝えていきたいと思っている。
ところで、最初に一つだけ、言っておかなければいけないことがある。
誰かを責める感情、こだわり、意図は全然ない。
記憶をたどって、記録を残しておきたい。事実を伝えたい、ただ、それだけだ。
尊敬していた副知事さんが、言われていた言葉を、肝に命じている。
「行革は、自慢でもないし、勲章にならない。むしろ、恥ずかしいことだ。」
本当に、そのとおりだと思う。
あの時、自分自身が、実務の先頭で取組んだ、いろんな事業の廃止、大幅な縮減、負担の見直し、厳しい給与カットなどは、紛れもなく、全国一厳しい改革だった。
結果的には、市町村や関係団体、そして県民、職員、いろんな人に、相当な負担を求めたり、無理矢理、我慢を強いることになってしまった。
このことは、今でも、本当に、申し訳なかったと思っている。
収支不足があからさまになる
岡山県では、毎年、年度初めの時期に、県内の大口法人に対して、法人税に関する聞き取り調査を行い、それらを踏まえて、県全体の収入見込みを積算し、合わせて、支出見込みと比較して、収支見通しを試算する、という作業を行っていた。
2008年5月12日。
査定室(財政課の中にある仕切られた小部屋)に、課内のメンバーが集まり、2008年度の収支見通しと、同時に作成した、今後10年間の収支見通しの試算資料を前に、今後の対応方針を協議していた。
結果は、やはりというか、案の定というか、衝撃的なものだ。
2008年度の収支不足額は、359億円。
合わせて、2018年度までの10年間の合計の収支不足額は、3500億円。
今後の収支の推移表は、±ゼロのラインから大きく乖離し、さらに、▲300億円のラインも潜り込むように、折れ線グラフは、横ばいで続いている。
決算で赤字額が、国が決めたデッドライン(岡山県の場合は約210億円の歳入不足)を超えると、「財政破綻」する。
収支不足の359億円は、210億円よりもはるかに悪い数字だ。
この瞬間、メンバー全員が、「県が財政破綻する」という現実を共有した。
その時の、心境を思い出してみた。
たぶん、他のメンバーも、同じような気持ちだったに違いない。
「ついに、その時がやってきた。」
僕らは、ついに、覚悟を決めた。
いつ、どういった形で、これをオープンにしていくか。
そして、どうやって、この巨額の収支不足を解消していくのか。
この時には、この先の6ヶ月間が、とても苦しくて、悲しいものになるとは、誰一人、想像できなかった。
巨額の収支不足の公表日まで、あと17日。
では、また、今度。