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生命の起源の探求:ループ中心の視点から見た生命

私は個人研究として、生命の起源について探求しています。ただし、化学や生物学の視点からでなく、システムエンジニアとしての経験を活かし、システム工学の視点からこの興味深い問題に取り組んでいます。

これまでの記事でも、私の考えている仮説を説明してきました。その中で、生命の起源における化学進化において、自己強化的なフィードバックループの形成が要点になるという考えを示していました。

先日、処理のループをモデル化するという考え方を思いつきました。モデル化というのは、システムを設計する際に行う、対象システムの抽象的な構造と振る舞いを明確にする作業です。

この記事では、処理のループのモデル化を行い、ループ中心の観点から、生命の起源についての私の仮説について説明をしていきます。

■処理のループをモデル化する

渦のように動的に変化し固定的な実体を持たないループもありますが、ここで私が考える処理のループは、そのループの処理を構成する静的な構造を持つことを基本とします。この静的な構造の一つの単位を、触媒と呼ぶことにします。静的な構造のため、処理を行っても、その前後で形が変わる事はありません。その意味で、触媒です。

ループを構成する触媒は、基本的には順序を持って並んでいます。これはモデルの上では循環型のリストとして表現することにします。ループは、触媒の循環リストが基本となるわけです。

その触媒の間では、インプットとアウトプットが受け渡されます。また、触媒の間にはリンクがあります。このリンクを辿って、前の触媒のアウトプットの一部が、次の触媒のインプットとして受け渡されます。

リンク間の受け渡しには時間を必要としますし、途中で運搬物がロストすることもあります。また、リンクを運搬物が移動するためには、何らかのキャリアが必要となります。キャリアが物を運ぶとき、エネルギーを使います。

触媒が処理を行うために必要なインプットが揃ったら、処理が行われてアウトプットが出てきます。この処理においてもエネルギーが使用されます。

アウトプットの中には、次の処理に使われるインプットとなる物だけではなく、触媒になる物や、特にそのループでは使われないものもあります。

エネルギーとキャリアは、外から供給される場合もあれば、内部に蓄えていたものから作り出すこともできます。

ループ内の処理は、外からインプットの供給を受けることもできます。また、ループ内のアウトプットを外に出すこともできます。

■一時的な閉環境ループ

高度なループは、外からエネルギー、インプット、キャリアを借りつつ、ループ内にアウトプットの蓄積を行う事が出来ます。

そして、一時的に外からの供給が途絶えても、蓄えたアウトプットをループ内のインプットとして使用することで、そこからループを回し続ける事が出来るような非常に高度なループもあり得ます。

なお、アウトプットは物質的な蓄積だけでなく、それを分解することでエネルギーを生み出すことも可能です。これにより、ループを回すのに必要なインプット、エネルギー、キャリアを自給自足できるということです。

この一時的な閉環境においてループが回せても、それは蓄えたアウトプットが尽きるまでの話です。アウトプットが途絶えれば、ループは途切れてしまいます。

ループが途切れる前に外からエネルギー、インプット、キャリアが再度供給されると、この閉ループはまたアウトプットの蓄積を行うことができます。

この、一時的な閉環境で処理を持続できるループは、生命の一つのモデルとなります。

■死停止性と、生命のリドル

ここで1つ注意点があります。このようなループ構造は、エネルギーが蓄積できるような、例えば電池と、電池で動くモータと、発電機があれば機械的に実現できます。生命の定義は困難ですが、このような機械的なものと、生物の違いは、処理が停止すると構造が壊れてしまう点です。それは一度動いた後に止まる場合もそうですし、組み立てている途中もです。

動きが止まった時に、構造が崩れるだけであれば、自爆装置を使って壊すこともできます。しかし、処理が動いたまま組み上げなければならないという条件は、機械で満たす事は困難です。

この条件を、死停止性と呼んでいます。止まる事は死に直結するという意味です。機械のように止まっても再度動くことができる物については、休眠停止性と呼んでいます。地球の生物が、死停止性を持っている事は、大きな謎です。なぜなら、休眠停止性の方が存続しやすいためです。なぜ休眠停止性の機構が生まれずに、死停止性の生物が誕生したのか。この謎を私は生命のリドルと呼んでいます。

生命のリドルに対する私が見つけた回答、あるいは完全な回答ではないとしても大きな手掛かりは、死停止性のものは、その内部に休眠停止性の機構を抱えることができるという点です。その逆は論理的にできません。このため、生物はその内側にいくつかの休眠停止性の機構を抱えつつ、全体としては死停止性を持っているという捉え方です。このように考えると、必ず死停止性の機構の方が、休眠停止性の機構よりも、多様であり、かつ、多機能です。これが、環境の変化においても、死停止性の機構の方が有利である理由だと考えています。

そして、ロボットやAIのように、高度に発展し、かつ、柔軟かつ知的に自己改変できる機構が登場した時に、初めて、休眠停止性の機構が存続し続けることができる時代が来ると思います。

■非生命から生命へ1:初期の地球におけるループの仮説

一時的な閉環境で処理を持続でき、かつ死停止性を持つループを生命の1つのモデルとして考えた場合、これが成立する過程が、生命の起源ということになります。

まず、生命のいない太古の地球には、十分なキャリアがありました。それは、水の循環です。山から染み出た水は川となり、池や湖で対流したり、合流や分岐を繰り返しながら海に流れ込みます。海の水は暖められて蒸発して上昇し、雲となり風に吹かれて陸に移動し、雨となって山に降り注ぎます。

このループをキャリアとして、様々な化学物質が循環的に移動する事ができます。水蒸気については、物質が溶け込むことは無いかもしれませんが、揮発した化学物質が水蒸気が作る上昇気流や風に乗って雲に届くことは十分に考えられます。現在の雲にはバクテリアが多く住んでいることも分かっているそうですので、バクテリアよりも小さい化学物質が雲まで届くことは問題なくできたはずです。

地球の水の循環に乗って化学物質が移動するだけでは、先に挙げた触媒による処理の連鎖によるループとは程遠い状態です。しかし、この循環する水というキャリアを利用しながら、地上の池や水たまりに触媒となる化学物質が蓄積されていけばどうでしょうか。

ある池に溜まった触媒が、上流から流入してきた化学物質をインプットして太陽の光や熱のエネルギー、あるいは地熱由来のエネルギーを使って化学反応を起こし、アウトプットを生み出します。そのアウトプットが川の流れに沿って移動し、別の池に溜まっている触媒に到達して、そこでも同じようにインプットとして処理され、また別のアウトプットを生み出します。川の流れによってこれが繰り返され、海まで到達すると、雲に乗って再び山に戻ります。

このような形で、太陽や地熱のエネルギー、水の循環というキャリア、池や水たまりに溜まった触媒が、基本的なループを形成することは可能だったと考えられます。

■非生命から生命へ2:ループモデルに基づく化学進化の仮説

このループの中で、アウトプットとして新しい触媒が生成され、それがまた新しいループを形成していくことで、ループ自体が多様化していきます。こうして新しい触媒が生み出されていくことは、遺伝子による生物学的深化と対比して、化学進化と呼ばれる過程です。

地球には多数の河川ネットワークがありますし、化学物質同士が合成されることでほぼ無限のパターンの化学物質を生み出すことが可能です。こうして多種多様なループが、地球上で試されていたというのが、生命誕生の初期の状況だと私は考えています。

さらにこの中で、糖や脂質のように、エネルギーを蓄積できる化学物質がアウトプットされるループが誕生すれば、一歩前進です。太陽や地熱からエネルギー供給を受けられない場所やタイミングで、その糖や脂質を分解してエネルギーを取り出すことができるようになれば、さらに大きな前進です。

地球の水の循環という大きな構造とキャリアを利用せず、一つの池の中で、循環するループが出来れば、さらに進歩です。そして、そのループに必要な触媒が細胞膜のような脂質の膜に包まれ、その中でループが動作し続けることができれば、ほとんどゴールは目前です。

後は、細胞膜を通して外部から必要なインプットやエネルギーを取り込む仕組みと、外部からインプットやエネルギーが取り込めない期間が一時的にあったとしても、内部の糖などを分解することでループを止めず、構造を維持することができる仕組みが登場すれば、完成です。

これで、最初に挙げた一時的な閉環境で処理を持続でき、かつ死停止性を持つループが出来上がりとなります。これを生命の1つのモデルと考えれば、ここにこのモデルに沿った生命が誕生したことになります。

■進化の遷移の仮説:自己強化フィードバックループから自己複製へのバトンタッチ

なお、このループの話は1つの生命のモデルという表現をしましたが、それは自己複製をする遺伝子、DNAの事を、このモデルに組み入れていないためです。生命の定義や起源の謎は深く、複雑なため、ここではあえて、自己複製の話を除外したモデルを立てています。

私はあえて自己複製を除いたモデルで考える事で、生命の起源における化学進化が、DNAなしで成立することを示すことを狙っています。このループモデルが、必要な触媒を自己生成するような自己強化型のフィードバックループであったり、複数のループが相互にお互いの必要とする触媒をアウトプットするような関係にあれば、自己複製するDNAがなくても、ここで説明したようなメカニズムで、化学進化は進行していくことが可能です。

DNAやRNAの複雑で高度な機能を考えると、DNAやRNAが登場して進化が進行するよりも前の段階では、この自己強化型のフィードバックループによる化学進化が大きな役割を果たしたと考える事が妥当でしょう。

そして、この自己強化型のフィードバックループによる化学進化により生み出された複雑で自己強化的なループの中で、RNAやDNAのような遺伝情報を持つ化学物質の登場と成長が進み、やがて自己複製が可能になる事で、私たちが知っている細胞の原型が登場したと考えられます。

ここで、化学進化の時代にピリオドが打たれ、生物学的進化の時代が始まったというのが、私の仮説の全体像です。しかも、よくよく考えると、DNAが自己複製をする生物学的進化の時代に入ってからも、自己強化的なフィードバックループのメカニズム自体は機能しつづけ、自己保持と進化を促します。生物の食物連鎖がループ構造になっていることが、その証左ですし、それ以外にも様々なループが生態系の中には存在しています。

■さいごに

生命の起源に対する私の仮説を、ループのモデル化という新しい角度から紹介しました。多くの内容はこれまでの記事でも紹介してきましたが、新しい発見は、ループ中心のモデル化です。

ループ中心でモデル化したことで、一時的な閉環境ループが生命のモデルとなり得ることに気がつくことができました。

また、生命の起源は一般的には細胞が出来上がるところまでですが、ループ中心のモデルでは、DNAが無くても、一時的な閉環境ループが出来たところで、生命が誕生したという見方が可能になります。これにより、DNAの登場は、単に化学進化から生物学的進化への、進化の方法のバトンタッチに過ぎず、生命という現象にDNAが必須ではないという視点を提供することができるようになったと思います。

今回はシンプルなループモデルの説明をベースに話を進めましたが、実際には、生命のループ構造は1つのループでなく、多数のループが入り混じったものです。ループ中心のモデル化には、今回の記事で手ごたえを感じる事が出来ましたので、今後は、複数のループを扱う事が出来るようなモデル化を行い、より踏み込んだ議論が出来るようにしていきたいと考えています。



<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。

<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。

■日本語版

OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案

■英語版

OSF Preprints | A Strategy for Exploring the Origins of Life: A Proposal for a Framework Based on the Essential Structure of Ecological Systems

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