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社会システムのアーキテクチャ:同一性と一体性

はじめに:社会システムとは

社会は、個人が集団を成して相互にやり取りをしています。これを少し分析していくと、社会の中にはいくつかのグループが存在することが分かるでしょう。家族、友人グループ、趣味のサークル、職場、などです。もっと大きな枠組みで捉えると、地域社会や地方自治体、国などのグループもあります。また、別の角度で見れば、場所が離れていても、同じ研究を行っている学問分野の人たち、同じ社会問題に取り組んでいる人たちなどもグループを成していると考えることができます。現代ではSNSでのつながりもグループを形成しています。

こうしたグループをここではコミュニティと呼ぶことにします。様々な個人とコミュニテの総体が、社会を形成していることになります。

ここで一つ興味深い点は、コミュニティは複数の個人を内包していて、個人は複数のコミュニティに属しているという点です。個人を縦の糸、コミュニティを横の糸と捉えると、社会は複雑に糸が織り込まれた布のようなものです。とはいえ、すべての個人が全てのコミュニティに属しているわけではなく、むしろ接点を持たない部分の方が多いので、布よりもずいぶん目が粗く隙間だらけです。とはいえ、そのつながりは強くしなやかに社会を織りなしています。

このように考えると、社会システムは個人とコミュニティに着目する見方だけでなく、横糸と縦糸という「糸」と、この2つの糸が接する「交点」を本質的な構成要素と見ることもできます。この「糸」がもろく千切れてしまうのなら社会はすぐに崩れてしまいますし、「交点」がしっかりと2つの糸を絡ませていなければ、やはり社会はその形を維持できないでしょう。

私は、この交点が持つ2つの糸の絡み度合いを維持する力を同一性、糸が持つ強さとしなやかさを一体性という性質で、捉えることを提案します。そしてこの「交点」「糸」という構成要素と、「同一性」「一体性」という性質を、社会システムのアーキテクチャとして捉えるフレームワークを提案します。

同一性:構成要素の本質

システムを構成要素に分解して考える場合、同一性を持った存在や機能を前提とします。同一性は、時間軸や空間軸を移動しても、その性質が変わらないことです。同一性の度合いが弱ければすぐに性質が変わります。同一性の度合いが強ければ、時間と空間に渡る"長い旅"が可能になります。

一体性:相互作用の本質

構成要素同士が相互作用することで、システムとして一体化した総体となります。仮に相互作用のつながりがない部分があるのであれば、その部分は着目しているシステムに含まれません。一体性は、性質が必ずしも同一ではない構成要素同士の相互作用が、時間軸や空間上に広がりを持つことです。一体性の度合いが弱ければ、狭い範囲で短い時間だけ相互作用します。一体性の度合いが強ければ、広範囲に長時間に渡って相互作用し、時間が経つにつれて範囲を広げ、範囲を広げるにつれて寿命が長くなります。

システムにおける同一性と一体性の例

私がこれまで行ってきた以下のシステム分析でも、まずこの同一性を保つ構成要素を対象システムの中から見つけ出すことを行ってきました。

  • [A] 生態系システムの構成要素(参照記事1)

    • エネルギー:プロセスを駆動する能力。

    • エンティティ:システムの時空間に対して、静的な存在。

    • プロセス:システムの時空間に対して、動的な活動。

    • 器(Container):多数のエンティティが凝集された空間。器同士で、エンティティをやり取りする。

  • [B] 知識および技術システムの構成要素(参照記事2)

    • 生態系システムの構成要素に以下のソリューションを加えたもの。

    • ソリューション (Solution):既存のエンティティとプロセスの組み合わせに基づく、新しいエンティティの創出構造。

    • 開発(Development): ソリューションに対する作用。

  • [C] 知能システムの構成要素(参照記事3)

    • 知覚:外界や身体からの神経刺激。

    • 記憶された出来事:過去に経験した出来事。

    • 構築された観念:経験から学習したものや思考により構築した観念。

    • 想起された現実:知覚、記憶された出来事、構築された観念を入力情報とし、脳が認知、判断、予測によりこれらを組み立てて、現実として認識されるもの。

このように、同一性をもつ構成要素を同定することがシステム分析の基本となります。これが上手くできると、後はその構成要素がどのような性質をもっているかを整理することができます。また、構成要素同士がどのように作用しあうかも分析することができます。もし性質や作用の分析に行き詰ったら、もう一度構成要素を考え直します。

こうして考えると、システムの構成要素は同一性を持つ、ということが本質であることが分かります。時間軸や空間軸を移動しても、その性質が変わらないものが、システムを構成している要素という事になります。

次に一体性についてです。

上に挙げたようなシステムは、構成要素が相互作用をします。既に例示した構成要素の説明の中で、それぞれ他の構成要素との相互作用が分かるように記載されていたかと思います。システムと言われるものが全て強い一体性を持つわけではありません。しかし、少なくとも上で挙げたシステムは、いずれもとても強い一体性を持つことはご承知の通りです。生態系も、知識及び技術も、知能も、いずれも長い時間存続しつつ、空間的に広がっていく性質を持っています。その上、システムの外部にあったエネルギーをどんどん取り込むことで、ますます時間的な存続と空間的な広がりを加速させていくシステムであります。これは最初に挙げた定義に照らして、とても強力な一体性を持つシステムだと言えるでしょう。

社会における「交点」の同一性

社会における、縦糸と横糸の交点は、個人とコミュニティの交点です。コミュニティ内で活動や交流をしている時、個人は自己同一性を維持しようとします。例えば昨日と今日で性格ががらりと変わってしまうと、コミュニティの他のメンバは戸惑ってしまい交流がしづらくなるでしょう。また、コミュニティ側も、その個人にコミュニティ内での一定のポジションを与えます。家族であれば父親、職場では部長、趣味のサークルでは会計係、地域社会ではイベント企画委員、地方自治体や国家においては納税者であり主権者、そういった具合です。

社会における「糸」の一体性

社会における糸は、コミュニティと個人でした。まずは横糸であるコミュニティについて考えてみましょう。

コミュニティは個人の集まりですので、異なる考え方や性格や能力や立場の個人を、コミュニティとしてまとめるために、一体感の醸成が必要になります。同じ目標を共有したり、イベントを企画して同じ体験を共有したりといった心のつながりも大事でしょう。また、余りに参加者の差異が大きくなりすぎると一体性の確保が難しくなりますので、ルールや規則を設けることで一定の制限を設けることもあるでしょう。また、究極的には同一化を目指す事もあります。個人の個性を消すことも、場合によって糸の一体性を強める作用があります。同一化に頼る糸は、個人に規格化されたシステマチックな機能を実行させるためには強い効果を発揮しますが、一方でもろく崩れやすく、新しい状況への柔軟な対応や創造的な発展は期待できないかもしれません。

次に、縦糸である個人について考えてみます。

ここでまず確認しておきたい大事な点は、個人であっても必ずしも同一化されているわけではないという点です。皆さんも自分自身のことを考えてみると思い当たるでしょう。家族といるとき、会社で仕事をしている時、故郷に帰省して親や昔の友達と過ごしている時。異なるコミュニティにいる時、あなたは常に同一の喋り方、振る舞い、考え方、価値観を維持しているでしょうか? 個人によって差はあると思いますが、コミュニティ毎にこれらは異なっていることが多いと思います。むしろ、コミュニティ毎に適切にこれらを変えることができないと、社会生活は難しいでしょう。これは異なるコミュニティに上手く参加するためのテクニックであると共に、社会の横糸同士を多くの縦糸でつなげるために必要な能力です。

しかし、コミュニティ毎にすべてが全く異なるという形では、縦糸の方が弱くなってしまいます。そこで、個人もこのコミュニティ毎の人格に一体性を持たせることが必要になります。

通常、人生の目標や体験した出来事の記憶は個人の中でコミュニティとは切り離されて心の内に存在しているはずですので、特に意識しなくても個人は一体性をもつでしょう。また、コミュニティが異なっても変化しないようなコアになる性格や信念や自己ルール等を持つことで、ばらつきを抑えることも、一体性を高めるために有用です。極端な人は、どのコミュニティで誰と会っても、同じ言葉遣い、振る舞い、考え方、価値観を維持する人もいるかもしません。こうした強い同一化に頼る方法は、強い個性を発揮させる効果があるかもしれませんが、状況の変化に弱くなったり、人生におけるある種の創造性を奪ってしまうかもしれません。

以上のように、横糸であるコミュニティと縦糸である個人について、一体性という観点で整理をしました。そして、お気づきになったかと思いますが、こうして考えると、横糸と縦糸には、一体性という観点で共通性を持っているのです。どちらも、交点同士をつなぎとめるために、心のつながりや同一化などを行って、一体性を維持しようとする性質があります。加えて、この時にあまり同一化を強めると、一つの物事には強い力になるかもしれませんが、状況の変化や創造性の面では不利になります。こうした点も、コミュニティと個人はそっくりなのです。

社会システム理論の可能性

交点と糸という構成要素と、および同一性と一体性という性質が、社会というシステムの本質的なアーキテクチャであると私は考えています。この観点で社会の構造と個人の振る舞いを理解することで、個人の中で行われていることとコミュニティの中で行われていることを対比させ、類似性を見つけることができるようになります。この類似性を考えていくことで、コミュニティの発展や個人の成長について新しい洞察を得ることができるでしょう。

そして、この交点と糸、同一性と一体性というアーキテクチャで捉えることができるシステムは他にもあると考えています。例えば生物の生態系です。生態系において、生物という個体は、食物連鎖の他、例えばミツバチと草花の相互作用を始め様々な共生の関係を持っています。

これは、人間社会における個人とコミュニティの関係に当てはめて考えることができます。人間はコミュニティにフィットしつつ個人の一体性を保つように脳が柔軟に対応します。一方で生物はそのような柔軟性はありませんが、遺伝子の変異により、ちょうど複数のコミュニティにバランスよくフィットし、かつ自己の生存も維持できるようなより良い種が登場することがあるはずです。そう考えると、まさに生物の生態系や社会システムの側面を持っており、その縦糸と横糸の一体性が強くなるような方向に変異した遺伝子が生き残るという形で進化が進んでいった面があると考えられそうです。

生物の生態系の他にも、例えば学問の知識や、工業的な技術の世界にも適用できるかもしれません。また、もっと前に遡って、生命の起源における有機物の化学進化にも適用できるっ可能性があります。社会システムという観点で分析することで、それらが社会システムと言えるのか、言えないのなら何が欠けているのか、言えるのであれば社会や生態系との共通点から新たな洞察が得られないか、など、興味は尽きません。

また、社会システムとして分析できる異なるシステム同士の知見を交換することで、それぞれの分野において新しい洞察が得られるでしょう。

おわりに

これまでも、生命の起源の探求や知能の仕組みについて考える中で、社会についても分析や整理をしていきたいと考えていました。また、元々、縦糸と横糸で社会を捉えるという考え方自体は、もう20年位前から持っていたものですので、ようやくこうして誰かに目にしてもらえる形にできたというのは個人的にはとても感慨深いです。

参照記事に挙げた、生態系、知識や技術、知能の成長や進化のモデルに加えて、それを補強する社会システムについてのアーキテクチャを整理できましたので、これでおおよそ考えうる自己組織化型のシステムは、網羅できたかと思います。

今後は、これらのつながりをもう少し整理してモデルやアーキテクチャを整理していったり、これまで書いてきたこれらの記事で今後の宿題としてきた検討課題を考えていったりすることができればと思っています。

参照記事一覧

参照記事1

参照記事2

参照記事3


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