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忘れられない、私の絵

美術の授業が特別好きだったわけではない。だけど、私の中では忘れられない授業がいくつかあって、不思議なことにその9割はおそらく美術の授業である。今思えば、私はすごく好きだったんだろうなぁ。でも、当時はまったく得意という認識もなければ、上手という感覚もなかった。

へたくそだと思っていたし、向いていないと思っていた。(何なら今も思っている)。受賞したこともなければ、作品を特別に評価されたこともない。

だけど、不思議なことに、小中高大、面白かった授業の大半は、どう思い返してみても美術が圧倒的に一位である。初めて徹夜した課題も、中学の時の美術の授業だったなぁ(今もその作品は、大事にとってあるし時々使っている)。

そんな私が、どうしても忘れられない絵がある。私はサクランボを描いたのに、誰からもサクランボだと言ってもらえなかった絵である。

何これ。
へんなの。
桃じゃない?
絶対サクランボじゃないよ。


・・・ものすごくショックだった。


私はサクランボを描いた。何度でもいう。
私はサクランボを描いた。

今でも、おおよその構図と技法、サイズ感まで脳内ではイメージができるほど、くっきりはっきり覚えている。中学の授業での課題だった。透明の板のようなものに黒色のクレヨンか何かで塗りつぶした部分をつまようじなどでひっかき、裏から着色をする方法だった。表から見ると、くっきりとした黒色とかすれた黒色の隙間から色々な色が覗く。

最初はサクランボを描いたんだけど、、

それだけじゃどうも私はつまらなく思えた。どんどん表現を繰り返すうちに、気づけば部屋いっぱいの、まるで増大した不思議の国のアリスのように小部屋にパンパンに膨れ上がった大きな大きなサクランボになっていた。実は後から部屋を描いた。窓からもはみ出ている。出来上がったのは、部屋いっぱいの大きな大きなサクランボである。

改めて、何度でもいおう。

私は!サクランボを!描いたのだ!!!!!!!

桃じゃないよ。桃だったとしても、そんな桃があるわけないじゃないか!
だったらサクランボだって、サクランボでいいじゃないか!
(何言ってるかわからんくなってきたけど、つまりそういうことである)

なんでこんな絵を描いたのかは、今でも全く思い出せない。おそらく今も、一生誰にも理解されない絵だと思う。だけど、私は今まで作った作品の中で、一番私の中の殻を大きく破った瞬間が、あの作品に詰め込まれているんじゃなかろうかと、20年以上経った今、猛烈に思うのである

・・・

と、今日は久々にあの頃の絵を思い出したのでした。たまに、あの絵は思い出すんですよね。どこに行ったんだろう。捨ててしまったような気はするけれど。見つかったら、いつかまたどこかで公開する・・かもしれない。封印するかも、しれない。

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