価値観が違いすぎるだけ

リンクの中の話はあり得る話。小さい集落で上手く生きていくには、異質に対して恐怖を覚え、排除するという人間として全うな反応なんだと思います。それにしても、結婚ってなんだろうと考えさせられました。

私自身は「田舎の長男」と結婚して17年、山あり谷ありですが仲良く暮らしています。一言でいえば、好きとか嫌いとか超えたパートナー的存在ですね。居なければ人生が陳腐に、居ればそれなりに面倒も増えるけど一人では創れない心の豊かさを享受できていると思います。

最初は他人ですから、正直ムカつくことも多かったです。子供が生まれても面倒みないし、家事はほとんどしないところから始まり、これはまずいと思い私色に染めるパートナー教育を開始。今では家事のほとんどをパートナーがするようになりました。(^_-)

基礎となる人生の最小単位が家族です。家族の形態もさまざまになりつつありますが、素でいる時間と空間を共有し、嬉しいことも苦しいことも一緒に乗り越えるチーム。安定した家庭があり、チームがあるからこそ、社会にたして思い切って出ていく自信が持てるようになります。

チームを1からつくるパートナーですから、基本的な人生に対する価値観「何を大事にするか」が似ていないと上手くいかないのではと。昔は「女が合わせるべき」というプレッシャーが強く、続いていた関係も、今は無いので猶更です。家族というチームビルディングは変化も激しく、時間もかかりますが、そこから得られるものもまた大きいので一度は結婚をおススメします。








この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

5

コメント2件

東北の田舎で数年働いたことがあります。
兼業農家の上司に、何度も、一度家に遊びにおいでと誘われて、度々断るのも申しわけないと一度食事によばれたことがあります。和やかな雰囲気の中、「そうそう今娘が家にいるのよ」となり、ほんの数十秒ほど娘さんと言葉を交わしました。その後、また食事は続くのですが、話題は一転。。。きみ、まだ独身なんだろ?彼女いるの?田舎に暮らす気とかはないの?。。。。。あぁ。。。そう云うことね。。。嵌められたと思いましたよ。はは。
娘さんには何の問題もなかったです。むしろ、若くて、綺麗で、ボン・ッキュ・ボンでしたが、ボン・ッキュ・ボンと引き換えに一生兼業農家に埋没する気には当時なれませんでした。この投稿とリンクの記事を読んで、いま思えば、どちらが正解だったのかなぁとふと考えがよぎりましたwww
今住んでいるところでは、「お嫁さんお婿さん(”入籍さん”と呼ぶことにします)のいう事聞かねば、跡取りが一人のまんま」が共通認識で、入籍さんの思うように生きられるようです(そうするのが一緒に住む条件)。

入籍さんたちも孫を持つ世代となり、成人した子供一家のところへ頻繁に出かけています。跡取りさんは勤めをやめるわけにもいかず、地域の”出ごと・公役”の責任者にならざるを得ないで苦悩している状態。デイサービスへ両親を送り出す朝にぐずられると大変なことに・・・。その日は跡取りさんが面倒を見ることになりますが、それを度々やっていたら勤め先から”いらない”と言われるようになり・・・。跡取りさんは入籍さんや両親や地域の習わしに挟まれ自由を失っているように感じています。

私にしてみると、リンクにかかれている地域は昭和30~40年代の事のように思いました。私が小・中学校の頃は、リンクにあるようなことが一般的でしたから。
今、日本の田舎は私のいるようなところが主流か、リンクにあるようなところが主流か。。。どちらも跡取りさんの背中が寂しそうなのは、なぜでしょうか。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。