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夜の海をひとすくい

季節の変わり目で体調悪いし、人間関係もピリピリして、なんだか上手く行かない。
月明かりのない夜、強風に吹かれながら、冷たい鉄柵に寄りかかってビールをあおる。
ああ、いっそこのまま遠くに飛ばして欲しい。それか、この真っ暗な海のずっと深くに沈んで行きたい。
「凄く悩んでそうだね!」
突然聞こえた子供の声に、ギョッとして横を見る。こんな時間に出歩いてるには不自然な、異様に白っぽい子供が見上げていた。普段なら気味が悪いと思うだろうが、全てがどうでもいい今はこんな子供もどうでもいい。
「大人には色々あるんだよ」
前を向いてビールをあおる。
この海の一部になれたらいいな。誰も気づかないまま、沈んで食べられて、砂になって……。
「ねえ!」
子供が無邪気な声を出す。うっとおしくて、家に帰れと言おうとしたら、白い手が空を指した。
厚い雲が割れて、月明かりが海を照らす。
吸い込まれそうな深い青。
色とりどりに光る砂浜。
波に漂う生き物。
それは、何気ない景色のはずなのに、とても美しかった。
「大丈夫!上手くいくよ!全部全部、上手くいくよ!!忘れないでね!」
無邪気な声と共に、胸が熱くなって視界がぼやけた。

柔らかな日差しで目が覚める。
散らかった部屋の、シワだらけの布団。
なんだ、夢だったのか……でも、なんかいい夢だったな。
そう思って付いた手に、何かが当たる。
あの海が、無垢な木箱にひとすくい入っていた。
全部上手く行く。忘れないで。
そう、木箱から聞こえた気がした。

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