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ショートストーリー『私が引きこもる本当の理由』

引き篭もりになってもうそろそろ一年が経つだろうか。両親の庇護の下で暮らしている私はニートと言うことになるのだろう。女性なので口当たりよく、家事手伝いとも言える。ともかく私は一年ほど前に小さい会社の事務員をやめ、実家の部屋で日々を過ごしている。


起きるのは日が沈み、テレビでは夕方のワイドショーなどが始まっている時間帯だ。私は起きると部屋の前に母が置いてくれているサンドイッチを食べ、パソコンをつける。ネットサーフィンを楽しみ、掲示板に何かしらの意見を書いて、読書などをしていると、もう早朝のニュースが始まり、空が白み始めてくる。父と母が起きた気配を感じるので私はカーテンを閉じて寝に入る。そんな毎日だ。


両親の顔も最近は満足に見ていない気がする。私は一人、自分を囚人のように部屋に閉じ込めて暮らしているのだ。
 

こんな生活をしているからだろうか。私はまぶしいものを見るのが苦手になってきた。昼間は雨戸を閉めてから遮光―カーテンをして部屋は真っ暗にする。パソコンも画面の明るさを一番暗く設定ししいるし、テレビもまぶしいと感じることが多々あるのだ。
 

ためしに夕方に目が覚めたときに、夕日に照らされた外を眺めてみると、まぶしくてほとんど何も見えなかった。
 

夜になるとほとんど何も見えないという夜盲症(やもうしょう)というのがあるように昼盲と言うものがあるらしい。角膜や結晶体の中心部に濁りがあると起こる症状なのだそうだ。私は知らない間に昼盲になっていたようである。
 

今の生活に支障がないが、いつまでもニートでいられるわけもないので、こんな病気になってしまって、今後はどうしたらいいだろうと私は悩んだ。病院に行けば治るのだろうか?
 

しかし、昼間に出歩いて、病院に行き、多くの人と会うなんて嫌だなと私は思った。そもそも私がニートになったのは人と接したくないと思ったからだ。社会の中で無数の知らない人が存在して、それぞれの人生を歩んでいる。そんな当たり前のことが正しく感情を言い表しているのかわからないが不意に恐ろしく感じてしまったのだ。みんなが敵のように思えて、みんなを未知の生命体のように感じて、私は人と接するのが嫌になった。
 

私がなぜそう思うようになったのか、きっかけはわかるが原因はわからない。一年前のある日、私は会社からの帰り道で倒れている。病名もわからない原因不明の症状で三日間眠り続けたらしい。そして、目覚めたときには人と接するのが怖くなっていたのだ。
 

両親が黙って面倒を見てくれているのは、私をまだ病人だと思っているからかもしれない。体はすこぶる健康なのだから、もし病気ならば心の病気となるのだろう。
 

私は昼盲になったのを自覚してから逆に暗いときはよく見えていることに気がついた。目が覚めたときは部屋の中に光源はまったくない暗闇なのだが、私は赤外線カメラの映像みたいに物体が鈍い光を放っているように見ることができた。
 

一度、夜中にこっそりと出かけてみた。幸い私の実家は田んぼだらけの田舎にあるので街灯などほとんどない。今までは暗すぎるので夜に外出なんてしたことがなかった。しかし、今はまったく違った景色に見える。田んぼや木々や畑が青白く光ってとても美しい光景だ。たまに見える民家の明かりが眩しくてうっとおしいくらいだった。私はその日から深夜の散歩の虜になった。
 

今日も私は両親が寝静まってからそっと外に出た。夜の世界はとても美しい。夜空に今日は大きな満月が浮かんでいる。不思議と月に眩しさは感じなかった。私は月と星が彩る夜空を見上げながらゆっくり散歩した。
「騒ぐな」
 不意の声に私は前を見るとナイフを持った男性が立っていた。痴漢だと私は悟った。回りに民家なんかない。騒いでも誰も助けは来なさそうである。

私は自分の恐怖の抑えが利かなくなり口をぽかりと開けた。
ごくりと生唾を飲み込む。 

ナイフを持って男が近づいてきたので私は男の両手を押さえつける。

そして、男の首元に噛り付いた。
 

日に日に伸びて鋭くなっている犬歯を皮膚につき立て血をごくごくと飲んだ。男は悲鳴を上げるがもちろん誰も来ない。
 

私は男の血を飲み干すと満腹感と共に自分が人間ではなくなって来ていることに恐怖を覚えた。

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