ショートストーリー『窓のジンクス』
加藤小太郎(こたろう)という友がいる。私は彼にそれほどの好感を持っていないのだが彼にとって私は数少ない友人の一人らしい。
彼の外見にこれといった特徴はない。大人しい感じの年齢よりやや若く見える顔立ちをしている。彼を語るには外見よりも彼を束縛しているジンクスを知ってもらう方がいいだろう。彼がそういったジンクスに至るにはそれ相応のわけがありそれ相応の不幸がある。
初めの不幸は彼が五歳の時だった。新築ビルの歯医者に行った帰りである。窓の外を見て歩いていると黒い点が彼を目掛けて特攻してきた。その黒点は少し開いた窓ガラスにぶち当たり勢いそのままで滑るように廊下の天井に当たり彼の目の前に落ちた。それはツバメだった。クチバシから血を流しツバメは痙攣していた。その苦痛にもがくツバメの姿を彼は今でもありありと思い出せるらしい。
次は彼が小学校三年生の時である。その日は元日で親戚一同が彼の従兄弟の家に集まっていた。彼は親戚と交友を深めずに従兄弟の家の庭を一人で探検していた。そして庭先で見つけた団子虫を取ろうと手を伸ばした瞬間手の甲にダーツの矢が刺さったのである。彼は当然泣き喚いた。その矢は二階でダーツを楽しんでいた従兄弟たちが誤って窓から落としたものだった。その時の傷は今でも薄っすらではあるが彼の右手に残っている。
そして、次は彼が中学校三年生の時である。彼には意中の人がいた。彼と同窓なので私も知っているがやや気の強そうな顔をした美人な子だった。彼はある日決心をすると彼女にラブレターを書いた。そして、三階の渡り廊下で渡そうとした。しかし、そのラブレターは彼女の手に触れる直前に思いもよらない突風に吹かれ窓から落ちてしまったのである。そのラブレターは他の生徒に拾われ酷い冷やかしのタネになった。
次は彼が高校生の時の話だが同じような不幸に二度あっている。その不幸の一因は甲子園を湧かせるほどのスラッガーと彼が同級生だったことだろう。彼は二度窓から飛び込んできたボールにぶつかっているのである。初めは二年生の時でそれは腕に当たり軽い打撲ですんだ。二度目は三年生の時で、顔面に直撃して頬を骨折する騒ぎになった。そのため彼の高校はすぐにネットを拡大する工事をしている。
この時辺りから彼は自分が窓の近くにいると不幸になるという考えに思い至った。そして窓を嫌悪するようになったのである。
私はこれらの窓に係わる不幸な話を聞いていたし彼のジンクスに対する強烈な思いに少し同情も出来る。しかし、彼はこのジンクスにこだわるばかりに奇想天外な事をやってしまい、それがまた不幸な事故を起こしてしまっているのである。
彼は二十歳の頃に大地震で両親と家を失った。これは彼にとって最大の不幸であったが不幸中の幸いに両親は資産家で蓄えはあった。そのため、彼は家を建て直すことが出来た。
彼は両親が亡くなったのも窓のある家に住んでいたからだと思い、窓のない家を設計して建てた。ただ彼は窓を嫌悪しているのだが窓から入る日差しや風などは好きだった。そのため、日差しの入らないモグラの巣のような家は建たずとても奇天烈な三階建ての家が建った。
私も一度彼の家に招待されたのだがとても危なく不気味で、二度と行きたいと思わなかった。こんな設計ではいずれ事故が起きると忠告したが彼は別に気にした様子はなかった。
そして、しばらくして私の心配していた事故が起きてしまう。彼の家に来ていた客人が転落死したのである。客人は彼の家で酒を飲み誤って三階から落ちたのだ。
落ちた原因は明白である。ただドアを間違えたのだ。
彼の家は常識では窓であるべき場所がすべてドアになっているのである。一部屋にドアが三つはありしかもその内の二つは外へ、あるいは奈落へと通じている。三階のドアからの景色はまるで空が自分を誘っているように思え、とても恐かった。
あまりにも奇怪な家の設計のために刑事にいろいろ勘ぐられたが刑事事件にはならなかった。しかし、客人の家族が民事裁判を起こし彼の責任を追及している。
私はほれ見たことかと彼に言った。
しかし、彼は迷惑そうにこう返事した。
「もしあれが窓だったら、転落死していたのは僕だっただろう」と。
彼はそういう男である。
遅筆なためサポートしていただけると、創作時間が多くとれて大変に助かります。それに栄養のある食事もとって末永く創作活動していきたいですね。 よろしければサポートお願いいたします。