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なんか長い

僕は今半グレと一緒にいる。
たぶん闇バイト的なやつだ。正直どうしてこうなったかよく覚えてないけれど、お金に余裕が欲しかったんだろう。最低賃金のアルバイトひとつじゃ何かと厳しい。
僕はいつもそうだ。いつも楽な方を選択し続けて生きてきた。気づいた時は大抵もう遅い。僕はもういろいろと駄目かもしれない。全身に刺青をいれて、ヤクザになるのも手かなと思った。きっと、いや絶対に無理だな。僕は何ににもなれない、何にならなれるんだろう。と、ぼーっと考えてたら一緒に行動していた半グレが戻ってきた。
この見るからに怪しい黒いカバンには、きっと大金がはいっているのだろう。どんな流れで得た金なのか分からないけれど、下っ端バイトの僕にそのカバンを預けてきた。これをまた別の場所へ持っていくのが僕の仕事らしい。普通僕に大金を預けるか?馬鹿だと思った。なぜか調子に乗った僕はその大金をほんの少しちょろまかしてやろうと思った。しかし普通のカバンに見える割には、ハイテクなカバンらしくファスナーの部分に指紋認証の装置のようなものがついていた。僕が開けようと試みるとその装置は赤く点灯し、半グレに開けようとしたことがバレた。
ほんの数発ぶん殴られた。優しいなと思った。半殺しか、五体満足でいられないと思っていたから。
ラッキー。
僕は昔から運がいいんだ。分からないけれど、そう思うことにしている。
厄介なことに後日、僕がバイトしている喫茶店を嗅ぎつけて半グレ達が入り浸るようになってしまった。ちゃんとお客さんとしてお金を使ってくれるし、他の人にも迷惑かけてないからいいんだけど。いろんなことが長続きしない僕がもう2年も働けているところだ。僕から関わったのがいけないのは分かっているけれど、せっかくできた居場所のひとつを荒らされたくない。目をつけられてしまった僕はやっぱりヤクザになるしかないのか。そのうち喫茶店の店長と半グレのボスが仲良くなった。そして喫茶店として営業していない時間帯を半グレたちが間借りしたいと言い出した。提示された金額が相当良かったのか、店長はあっさりと引き受けてしまった。店長は機嫌が良かった。ありがとうね、と言われた。半グレたちが何のために利用しているのか分からない。分からないし、知りたくもない。
一度店に忘れ物を取りに戻った時、白衣を着た男性がいた。腕まくりをしてのぞく両腕には、手首までびっしりと和彫が入っていた。僕より一回り以上年上だろうか、黒髪と眼鏡の似合う細身で色白で妖艶な綺麗な人だった。
その人は僕に気づき、「君口にピアスつけてなかった?もう塞いじゃったの?」と話しかけてきた。
「いや、口は開いてないです。舌なら開いてますけど。」と答えると
「あぁ、そうか。ごめん、人違いだ。そうかー君は舌に開けてるんだねー。」とニヤっと笑い去っていった。
僕はなぜか心臓がバクバクしていた。

それから数ヶ月、僕は変わらず喫茶店で真面目に働いて、時々半グレの手伝いをしそこそこ仲良くなっていた。
僕はいつも通りに出勤した。ドアを開けると僕は固まった。
最悪だ最悪だ最悪だどうして?なんで?なぜ?
あの子がそこにいた。
他のスタッフと談笑していた。どうやらここでアルバイトとして入ることになったらしい。
あの子は僕に全く気づいていなかった。
なんなんだよ。まじでなんなんだよ。
僕はあの子に会えて嬉しいとかの感情は一切なくて、なんでここにいるのかという疑問と怒りしかなかった。

僕はあの子が好きだった。
僕はあの子を忘れようとしたんだ。
正直かなり好きだったから。
一緒にいた時間は長くはなかったけれど好きだったんだ、たぶん。でも無理なんだ僕なんかには。だから早く忘れようと思った。きっと思い返したくなってしまうからメッセージのやりとりもこまめに消していたし、他の子と遊んだらきっと忘れられるだろうと思った。
僕はいろいろと終わっているけれど、特にその時はさらに終わっていて、すごく面倒な関わり方をしていたしひどい言葉も言った気がする。あの子は僕のことなんとも思っていなかったから、せめて僕の言葉で不快にさせたかった。嫌われても良かった、むしろ嫌われたかった。どうでもいいような曖昧な態度をとられるよりも嫌われる方がよっぽど素敵なことだと思っていた。
とにかくマイナスなことでもいいから僕があの子の感情を動かしたかったんだと思う。

あの子に初めて会った時、初めて会う人だと思った。僕が僕なりに普通に生きていたら、きっと出会わないタイプの人間だと思った。少し僕と似てるとも思ったけれど、僕とは真反対にも思えた。
浅いうちに忘れたかった。
のに、なんで今更、何を思って僕の目の前に現れたんだ。
あの子は演技なのか本当なのか分からないけれど僕のことを覚えていなかった。僕のこと覚えてる?と言葉にして聞いたわけではない。けど、あの子がそうしているのなら真偽はどうであれ僕たちは初めてこの喫茶店のアルバイトとして知り合ったことだけが事実なんだ。
あの子はすぐに仕事を覚えてワンオペも任せられるようになった。愛想も良くて店長にもお客さんにも気に入られていた。僕はあの子と業務連絡や他愛もない世間話くらいしかしないようにしていた。あの子のことは誰にも話さなかった。あと、どうせすぐにバックれるだろうと思っていた。あの子はそういう子だった。

退勤して帰路の途中、半グレに明日は店使わないから戸締りしてあがってねと言われていたことを思い出す。急いで店に戻った。すると誰もいないはずの店に人がいた。
覗き見するとあの子が二人いた。これは僕の頭がおかしくなっているとかではなく、本当に確かにあの子が二人そこに存在していた。双子ではないことはなぜか直感的に分かった。かといってまるっきり同じあの子が二人いるということではないことも分かった。
たぶん突然僕の前に現れたあの子はそっちの子で、僕が昔忘れようとしたあの子がこっちの子だった。見た目に違いはなかったけどすぐにそうだと思った。これはたぶん僕の予想だけれど、突然僕の前に現れたあの子は僕が昔忘れようとしたあの子のコピーのようなものだと思った。こうやってあの子が二人いると、コピーのあの子の方が純粋というのか子供らしいというか善良というか、汚れていない綺麗なモノのように感じた。失礼だと思うけどモノのように感じた。それはそれで魅力的だった。
そうしてやはり僕は昔忘れようとしたあの子のことがやっぱり好きなんだと思った。

もっと見ていたかったけど見てはいけないものだと思いその場をすぐに去った。
僕はその日なかなか眠れなかった。明日コピーのあの子とシフトが一緒だから、少し話をしてみようかな、なんて考えていた。

次の日僕が店に着くと、あの子が僕に気づくなり勢いよく近づいてきていきなり
「ありがとう。うれしいけどその気持ちには応えられない。ごめんなさい。」と言って店から走って出て行った。
急に振られた。なんなんだ。僕告白なんてしていないよな?
あまりにも一瞬の出来事で理解が追いつかなかった。
僕はあの子を追いかけなかった。あの子がこういうことにしたんだからこういうことなんだ。
僕も他のスタッフもまだ残っていた半グレも唖然としていた。
僕はなるべく自分の感情を表に出さないように心がけているのだけれど、その時は流石に顔に出ていたのだろうか。半グレのにーさんがいきなり鞄をゴソゴソし始め、レッドブルとたけのこの里とのり塩味のポテトチップスをくれた。たぶんパチンコの景品だ。僕はきのこ派だし、ポテトチップスはうすしおが好きです。

それからあの子は二度と戻らなかった。綺麗さっぱりいなくなった。厳密にいうと僕の前からいなくなったというよりも存在が消えた、なくなった気がした。確かにそうなのだとなぜか僕はしっかりと理解できていた。
少しショックだった。勝手に振られたことになのか、あの子がいなくなってしまったことになのか。でもコピーのあの子だったからぎりぎりまぁいいかの方が勝ってしまった。
あの子がコピーだったら良くて、コピーじゃなかったら良くないのか
そもそもコピーってなんなんだ
コピーであってほしかったのか
コピーは誰が作るのか
勝手に生まれるモノではなく作為的になのか
そういえば僕が忘れようとしたあの子自体はどこにいるのか
なんのために?
頭の中でぐるぐるぐるぐる考えていた。
気づくと知らない天井ではなく普通に店だった。貧血?どうやら意識を失い倒れていたらしく、半グレたちが介抱してくれていた。
「今日は早退しな、明日のシフト休まれる方が困るしさ。今日はまあ、ゆっくりしな。」と、言われて僕は帰宅した。

駅前の喫煙所で煙草を吸ってもなんだかぼーっとしたままだった。気分がパッとしない時は僕は大抵映画を観るか一人でカラオケに行くかいつもより手の込んだ料理をすることが多い。けどその日はどれも気分ではなかった。
花でも買って帰ろうと思った。勝手にエモーショナルな気持ちになってそれに酔いしれているように見えて気持ち悪いと思うけど、あの子への弔い的な意味も込めて。最寄駅前にある花屋に寄った。
店員さんに赤っぽい花束をとしか伝えなかったが、しばらくすると素敵な花束が完成していた。
「すごい素敵です。ありがとうございます。また買いにきます。あ、この花って百合ですか?」と聞くと
「これはネリネっていうお花ですね〜ヒガンバナの仲間のお花で、別名ダイヤモンドリリーって言うんですよ〜かわいいですよね!」
店員さんは優しく微笑んでいた。

花束を持って街を歩くのは気分がいい。
家に帰ったら早速飾ろう。そういえば花瓶、家にないなあ。
僕は明日、花瓶を買いに行こうと思った。

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