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ダンス剣客、天真剣士と対峙す

信濃国、仁科の里へ向かう山道はすでに夜の帳が下りていた。
人気のない闇に立つ3人の影と、6匹の狼。
1人は深編笠の素浪人、2人は子供であった。
「怖いよう」
金太が深編笠の袖を掴む。

「大丈夫、大丈夫よ」
もうひとり、お松も気丈に振る舞うも肩が震えている。
「すみません、私たちのために」
お松と金太が狼に襲われかけているのに、この浪人が通りかかったのだ。
狼たちは唸り声をあげ、半円を縮める。
狼たちは明らかに血の味を知っていた。
こうなれば、腕に噛みつかれ、喉笛に牙を立てられ死ぬのは目に見えていた。
他の人間ならばだ。
素浪人に、慌てる素振りも諦める素振りもなかった。
お松と金太を後ろに下がらせると、懐より板を取り出した。iPhoneである。
〈Poppin music...〉
静寂の山に音楽がこだまする。軽快なビートとともに、トークボックスが電子音で歌い出す。
狼のうち一匹が痺れを切らして飛びかかった。素浪人は、8ビートに合わせ、膝を回転させる。振り向きざまに抜刀、狼はどう、と倒れた。
仲間の血に狂ったのか。狼たちは一斉に素浪人のもとへ飛びかかる。赤い花が咲く。
素浪人の動きはあまりにも素早かった。右足を軸に、コンパスのように回転し、斬撃を放っていたのだ。
2人の子供は目をぱちくりとさせた。
お松の目には空中で狼たちが、示し合わせたように首と胴が分かれたように見えた。
狼たちが息絶えると、素浪人は音楽を止めた。そして、また何事もなかったように歩きはじめた。
「お、お侍さま、待ってくだせえ!」
金太が素浪人の前に立つ。その目は輝いている。
「おいら、金太いいます!向こうの村の正真流剣術の道場から来ました!あんた、どこでこの剣法を?ぜんぜん見たことねぇや!」
深編笠の素浪人は歩みを止めない。
「およし、金太……!」
お松が慌てて金太を止めた。素浪人は、目もくれず歩いていく。
背中に、金太は叫んだ。
「お侍さま!おれにも教えてくれよう!おれも強くなって、親父の仇をとりてぇんだ!!」
深編笠の歩みが止まった。
「金太……」
お松はそれ以上、言葉が出なかった。
「お松といったな。今の話本当か」
素浪人がはじめて言葉を発した。
「はい。父は、道場仇の芦屋源左衛門たち十人の刺客に無惨に斬られ、逃げてまいりました」
お松は言葉に詰まりながらいった。
すると、深編笠が引き返してきた。
「ぬしらの命、俺が預かろう」
「え……」
「ほ、本当かい!」
「ただし、この先の仁科神明宮までだ。俺にもやるべきことがある」
狼に襲われ、刺客に狙われる身で願ってもない話だった。
「いいのですか」
「困ってる奴を見放したらフッドのみんなに顔向け出来ねぇからな」
「はぁ……」
お松は判然としない侍の言葉に相槌を返すのでいっぱいだった。
「お侍さん、あんたの名前を教えてくれよう」
「俺はサムライじゃない。ダンサーだ」
「だんさー?」
「俺の名はブーギー。カリフォルニアのポッピンダンサー、スキーター・ブーグとは俺のことよ」
いよいよ、お松と金太は首をかしげた。それも一瞬のことだった。
「まぁ、いいや!その剣法ぜったい教えてくれよう」
「剣法じゃない。ダンスだ」
素浪人、ブーギーは不敵に笑うと、また歩きだした。

その夜明けである。朝露が周囲の松の葉を濡らしている。
老剣士は、ブーギーたちの襲われた山道に立っていた。
もうひとり、散らばる狼の死骸をかき抱く犬飼弥次郎がいた。
「おお、俺の子供たち!!」
大粒の涙が、頬を伝っている。
「犬飼の狼を殺すとは一体どんな手練れじゃ」
「源左衛門どの!わしに此奴らの仇を取らせてくだされ!!」
白髪の鶴のような老人、芦屋源左衛門が見開く。その瞬間、光芒が走っていた。
「ぎゃっ!」
犬飼が右目を抑える。手の間からは血が流れだしていた。
「狼たちの痛みと知れい。お松と金太を討てぬならその左目も源左に差し出せ」
犬飼の右目は憤怒と、悔しさがないまぜとなった炎を宿していた。
「行け、犬飼」
犬飼弥次郎は、驚くべき身のこなしで森の木々を飛び越し、消えた。
「お松まっておれよ……」
そう呟いた源左衛門の目は、情念に燃えていた。山道には老剣士の足音が響く。
遠くの森で猿がきゃあきゃあ、と叫んでいた。
(続く…かも)

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