見出し画像

宇宙OLと残虐ゴリラ

「待ってくれ!待ってくれえ!」
 これはヒートウィップ、通称〈火曲〉です。アフミド社製の5mです。15mと7mが他に売ってますが、私は一番これが好きです。狭いところで引っかかっても転ばないし、力の入れ具合がしっくりきます。
「うげば」
 ほら、こんな具合に。ジャンク品で武装したギャングなら一撃です。しかも、500℃の熱で瞬間焼却するから傷口も綺麗さっぱりです。服が汚れずにすむ点でもハナマルです。
 重心を後ろに傾けて、小田和正のポーズを失礼します。ギャングたちのブラスターが光閃を描きます。
 少し火曲の距離には遠いかな。
 そんな時はこれ。ヘルヘイム社から出ているフライナイフ、いわゆるシュリケンです。
 光の方へ、いち、に、さんっ、しっ。
 ふぅ、Tシャツに穴が開くところでした。
 Tシャツはキースヘリングのコラボです。顔写真がたくさん貼ってあるのがお気に入りです。新宿のユニクロで買いました。
 そういえば、同僚はフライナイフをセブンと呼んでいます。一度に7つ投げると死ぬとか、馬になるとか、理由は様々です。
 7つ投げたらどうなるんでしょうか。
 想像は止まりません。
 ざっと辺りを見回します。物音ひとつなし、オールオーケーでしょう。
 床にペタボムを仕掛け、〈6:00〉にタイマーをセットしました。
 ペタボムは、花巻工業の粘着型原子爆弾です。ガシャポン大にするためにパーツは全て手作業で作っているそうです。いま、後継者不足で弟子のムルムル星人が頼みの綱なんですって。
 これでよし。
 私は急いで横たわるギャングから、セブンを引き抜きます。正直、セブンは高価なので回収しています。
 宇宙OLの稼ぎはたんまりじゃないのです。
 よく人は言います。知らない宇宙船で知らない人を殺すと結構もらえるんでしょ?
 当たってます。たんまりです。きっと今回だってそうでしょう。
 でも、そこから宇宙船の補修と、武器の修理と社会保険料と、年金と奨学金ともろもろを引くと……。まぁ、そういうことです。
「はぁ」自然とため息もでます。
「はぁ」ため息がもう一つでました。
 あれ。二つ目のは私ではありません。
 振り向くと人影が、そびえていました。
 岩のようにゴツゴツしたサイバーアームにゴリラのずんぐりしたガスマスクの出立ちです。
 そして両肩にはプラズマ砲がどっしり構えてます。
 セブンも火曲もかすり傷にもならなそうです。
 これは、困りました。
 逃走ルートを考えていると、「はあ」と目の前の怪物がまたため息をつきます。残虐ゴリラはなんだか肩を丸めて寂しそうです。
「CD渡しそびれちゃった……」
 残虐ゴリラが呟きます。
 手に持っている写真にはビビアンスーが笑っていました。
「あ!ブラックビスケッツ!」
 つい声が出てしまいました。
「すみません、久々に地球のもの見たもので」私は頭を下げます。
 すると、残虐が近づいてきました。
「良かったらいる?」
 下げた頭の前に、CDがありました。
「いいんですか?」
「もう渡す人もいないんで」
 残虐ゴリラが火曲で両断された死体を見ました。
「アタシこのまま死ぬ!」
 いきなりゴリラは死体をハグしました。ペタボムは〈2:01〉を示します。いそげいそげ!
「何言ってるんですか!早く行きますよ!」
 見ず知らずのやつなのに何故か放っておけませんでした。
「やだやだ!しぬったらしぬー!」
 ゴリラのパワーで死体があらぬ方向を向いていましたが、関係なさそうでした。私は引いたり押したりゴリラを動かそうとしましたが無理でした。ペタボムは〈0:51〉です!
「すいません!わたし死んでも保険降りないんで!化けて出ないでくださーい!!」
 私は世界新で宇宙船に戻りました。人生は諦めが肝心だ。そう言い聞かせて、ギアを最大に振り絞り、最高速で爆破圏内から退避します。
 7秒後、暗黒色の宇宙全体が病院の部屋みたいに明るくなりました。静穏がやってきました。青色の静穏です。今見ているのは、死の光です。自分が生きていることを実感しました。
 疲れがどっと溢れてきました。調整された気温の船内でスーツを着てたからでしょうか。船室に背中を寄り掛からせて、さっさと脱ぎにかかります。
 右手にはしっかりとブラビのCDが握ってありました。あのゴリラは本当にいたんだ、と私を7秒前に戻します。南無阿弥陀仏。化けて出ませんように。
 その時でした。
 船室に轟音が響くと、巨人に揺すられるような振動が襲ってきました。私は火曲をひっさげて音の方へ駆け寄ります。
 音は、コンテナからしました。様子を窺った私は言葉を失います。普段は食品や衣類を置いているのですが、今はあたり一面にぶちまけられています。コンテナが砲弾でも受けたようにひしゃげているのが原因でした。
 常備したトマトソースやガーリックソースが漏れ出ていい匂いがしています。今日は、スパゲティにしようかな……。
 がごんががごん、がりがり
 そんな妄想はすぐに引っこみました。衝突した物体が蠢きます。
 がんっがんっがんっ
 船室が揺れるほどの衝撃が続き、船室に突風が吹きはじめました。
 がんがんばりばりばりびり
 私の目は釘付けです。近くの棚にしがみついていると、不意に壁の凹みに亀裂が走りました。
 残虐ゴリラです!!
「ひゃあ」
 私が驚いているのも関係なく、残虐ゴリラは落ちている缶を拾うとコンテナのヒビに当てました。ミニトマトのように潰れ、ヒビに張り付きます。瞬く間に、ヒビは隠れました。
「おじゃまします……」
「あの、大丈夫ですか」
「いえ、失恋は慣れているので……」
 そうじゃなくて。
「彼、爆風で消し飛びました……」
「でしょうね……」
「あんなに脆いなんて……」
「あなたが頑丈すぎます……」
 マスク越しに鼻を啜る音が聞こえてきました。
 うう、なんだか居心地が悪い。
 私はとりあえずブラビのCDを流すことにしました。
「あっ、タイミング……」
「ご飯食べます?スパゲティ作ろうと思ってて」
 振り向くと残虐ゴリラがヘルメットを取り外していました。
 黒い髪がさらりと肩まで流れだします。透き通る白い肌に、赤いリップ。強そうな顔立ちなのに柔和な雰囲気も重なっている。想像以上の美人が泣き腫らしていました。
 私は息を飲みました。
「食べます」完全な鼻声です。
 私が適当な椅子に促すと、ずしりと座りました。
「私、リコ。あなたは?」
「エリナ」手鼻をかむ音がしました。
 私はコンテナの散らばった中から、乾麺を探して無難なトマトソースを探し出します。料理ともいえない料理でした。
「へいお待ち」
「わわ」
 エリナは出されたスパゲティを次々と飲み込んでいきます。麺が唇に触れる前に消えていきます。圧倒的な食欲でした。
「うますぎ」
「ただの乾麺だけど」
「ちょっともらうね」
 エリナは了承も得ずに、私の皿から半玉吸い込んでいきます。舐められたものです。
 私は肘打ちをエリナの顔面に食らわしました。丸の内時代もこれで謹慎食らったっけ。あの時は、課長の鼻が、頭蓋骨にめり込んでいました。
 ですが全く手応えはなく、エリナは美味しそうに麺を頬張っています。そんなエリナの姿を見ると力が抜けました。
「ず〜れた間の悪さも〜それも君のタイミング」
 お腹がふくれたエリナは満足そうに歌いだします。ハスキーな声は、凄腕の漫画家のラフスケッチみたいでした。
「歌上手ですね」
「ありがと」
「どっかで習ってたんです?」
「ヤマハでちょっと」
 エリナが微笑み返します。
「ところで、それ邪魔じゃないですか?」
 驚くことに、未だにエリナはプラズマ砲二門のスーツを来ていました。エリナが頷きます。
「脱ぎましょうよ」
「呪われてんの」
 エリナはかぶりを振って答えます。
「彼が、あたしが死なないように……ってくれたんだ」
「真っ二つのギャング?」
「そう。忘年会でね、ブラビの『タイミング』を歌ったんだ。彼、すごい握手してきて。次の日から色々くれるようになった」
「他にもくれたんですか」
「うん。転倒防止薬とかギモ星人のお守りとか……」
 壊れるのが怖かったんだ、と思いました。
「とりあえずお礼にCDを持ってった。そしたら」
「私に会った?」
 エリナはこくりと頷く。
 ガガガピー!
 無線が割り込んできました。
「宇宙OL0387に告ぐ!宇宙OL0387に告ぐ!ケルヒル社は只今を持って宇宙OL0387を解雇する!」
 お?
「勤務内に知り得た情報の無断持ち込み!これは厳罰である!」
 おお?
「よってケルヒル社は免職処分条項2.5に基づき、宇宙OL0387、リコ_カミシロを抹殺する!」
 窓から強い光が差し込みます。覗くと、ケルヒル社の箱〈クジホタ〉がサーチライトを向けていました。フジツボみたいなハッチが開くと、揃いの宇宙服たちが、ばら撒かれました。
「宇宙OLズ……!」
 完全に殺す気です。私は急いでコックピットに乗り込みます。〈クジホタ〉に光線をぶっ放されたら蒸発です。
「あたし降りるね」
 私は振り返ります。マスクを着けたエリナがいました。
「お仕事無くしちゃってごめんね」
「ちょっと」
「あのおっきいやつの注意は引くから逃げてね!」
 声をかける前に、エリナはドアを閉めていました。
「パスタどーも!」
 私がギアを入れるのと同時に、船内が光ります。背後を光の束が通過したのでしょう。
 船をぐんぐん進めます。いつもどんな時も私は逃げるタイミングだけは弁えていました。
 絶体絶命を針の穴で通り抜けた。そう実感します。
 小惑星帯がありました。私は迷いを振り払うように避けていきます。岩塊に機体をぶつけたらバラバラです。
 それは宇宙OLズにとっても同じでした。
 追ってくる影は、先ほどより減っていました。数は大体両手に収まるくらいでしょうか。
 私は船を自動操縦にしました。
 火曲を掴み、飛び出します。
 逃げ切れたはずです。それでも、私の脳裏にはエリナがいました。
 2回も見逃した自分への苛立ちで、岩陰の宇宙OLたちの体を両断します。無音の断末魔が響きました。
 宇宙OLが現れました。上からバーニアスラスタ移動で近づいてきます。斧を振りかぶると同時に、火曲の一閃を受け止めます。私は勢いのまま宙を転がります。斧は私のいた岩を破砕、宇宙OLはその反動で横蹴りを試みます。
 さらに気配がしました。反対側からもう一人の宇宙OLが槍を突き出します。
 私は火曲を両手で持ち、槍をいなしました。グローブから熱の感覚が伝わります。
 次に来たのはバイザーを通り越しての衝撃でした。宇宙OLの足刀は、私のこめかみにクリーンヒットしていました。
 視界が歪みます。私はセブンを抜きます。がむしゃらに放ちました。いち、に、さん。
 セブンが闇に消えていきます。
 1つが槍使いの頭に突き刺さっていました。
 静寂が包みこみます。
 顔無しのOLズと岩が、仲良く虚空を漂っていました。
 頭のもやを払いつつ、ふらつく軌道でOL達の物資を漁ります。
 槍を背中に差し、セブンをかっぱらいました。
 私の手にはセブンが7つ揃いました。
「7つ投げたらどうなるんだろう」
 エリナはどう答えるのでしょうか。
 奇跡だよ。
 そうかもしれません。
 船が私を迎えます。
 コックピットに滑りこみ、目標を〈クジホタ〉にセットします。
 船内には、あいも変わらず『タイミング』が流れていました。
 〈ズレた間の悪さもそれも君の"タイミング"〉

(続く)

ここに送られたお金は全て電楽のビスコ代として利用させていただきます。