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尺八界、あんな人こんな人。



どの世界にも、職場や家族内でも、普通にすごい人がいたりする。



先日は尺八界のすごい人、石橋愚道氏にお会いしてきた。



石橋愚道氏は神田可遊氏と共編集で、


「明暗尺八界の奇人 源雲界集」


という本を出されています。

昭和56年発行。限定500部。


愚道氏はパッとお会いした瞬間に親近感のわく(といったら怒られそうですが)とにかく、私にとっては以前からどこかでお会いしたことがあるような、そんな第一印象でした。



この本の表紙の達磨に似ているような気がしないでもない…。(もっと怒られそうな)
そのうち、今度は愚道氏のことが書かれた本がでてもおかしくないかもしれないような、そんな存在感のあるお方。


源雲界については、神田可遊氏著『虚無僧と尺八筆記』の尺八名人・奇人伝にも載っています。


谷狂竹は、雲界を訪れた際、雲界の2尺5寸(神如道によれば2尺4寸5分)の尺八をもらい(本人いわく分捕り。富虚山述「阿字観と如山、狂竹」)、生涯この尺八を吹くことになったそうな。長管尺八の祖とも言える、谷狂竹に長管尺八を与えたのが、この源雲界だったとは…。




さて、話は戻り…、
石橋愚道氏は、史光師の言う尺八の専門家という人だ。



その愚道氏のワンルームの尺八の作業場兼稽古場は、右側は資料の山、左側は尺八の入った桐のタンスで埋まっており、まさに尺八の巣窟




せっかく来たんだからと、色々古い尺八を見せていただいた。



本当に古い尺八というのは、とてもよく吹き込まれているのが見てわかるものなんだと、初めて理解した。中でも掘り出し物という、いかにも古い尺八を見ると、指の跡がくっきり飴色についていて、穴の周りの角が減っている。一体、何年吹いたらこうなるのかと思う。
愚道氏の作った尺八も見せていただいた。どれも素晴らしい尺八ばかり。
江戸期の絵画に見る細身の尺八を思わせるような尺八もあり、いにしえに想いを馳せる尺八がゴロゴロしているといった、アトリエであった。



こちらは私の尺八。両方共、竹内史光師作。
下のは愛好会参加者の方にオークションで買ったというのを最近譲っていただいた。


上の尺八がいつも私が吹いているもの。
下のより若干、穴の角が減っている。

20年以上吹いていても、この程度。穴の周りの角なんてそう減るもんじゃないと思うのだが、幾代にも渡っていたのだろうか。



荒木竹翁作の貴重な尺八も見せていただいたりした。


神田氏との痛快な会話も大変楽しかった。
本当に、贅沢な時間であった。感謝です。



私のいる世界はとても狭いため、こうして偉人と知り合うのはとても嬉しい。



ところで、



その日、静山作の尺八の話が出たので、うちにも譲り受けた静山銘のがあるなと思い、後日神田氏にメールで確認してもらった。



神田氏曰く、清水静山という人は、話せば長くなるという人物とのこと。


清水静山(1872 - 1913)は、初め博多一朝軒に尺八を学び、その後明治35年、佐賀の尺八クラブを代表して京都の樋口対山に師事する。九州において明暗対山流尺八の草分け的存在となった。
建仁寺・竹田黙雷の本によって有名。
1年半、對山からは「滝落し」しか教えてもらえないので、一時は漆屋に入っていた。佐賀に帰る機会があって、演奏会で何か吹いてくれと頼まれても「滝落し」しか吹けないのでそれを吹いたら絶賛された、という話があまりにも有名。
九州明暗の祖、と言われるほどで、九州で本曲をやる人(海童道祖など)は何らかの形で清水静山につながっている。
41代の頃、竹掘りの際、滑落して亡くなった。
残された竹は多く、九州だけあって9寸管が多い。「静山」の焼き印は2種類ある。
静山作は太めの尺八で籐巻が素晴らしく、漆塗も弟子入りしただけのことはある素晴らしいものとのこと。

と、神田可遊氏が解説してくださいました。



こちらが、竹田黙雷著「黙雷禅話」に書かれている樋口孝道(對山)と清水静山のこと。

国立国会図書館アーカイブより




確かに藤巻が素晴らしいです。

そして穴が大きい!


偉大な奏者をここでまたもう一人知ることになりました。



そして、私は、何とか今、生きている偉人たちにもっとお会いしたいと思うのでした。




またいつか、石橋愚道氏にお会いして、歯に衣着せぬ痛快なお話を聞くのを楽しみにしています🙏


古典本曲普及の為に、日々尺八史探究と地道な虚無僧活動をしております。サポートしていただけたら嬉しいです🙇