頭いいのにバカな友人の話

「頭がいい」と一口にいってもいろいろある。逆もまた然りで「バカ」と一口にいってもいろいろある。学生時代においては成績やペーパーテストの点数が、大人になってからは学歴が、その人の頭の良し悪しとして語られることが多いが、正確にはそれは「“学問において”頭がいい・悪い」でしかない。人というのはいろいろな側面を持っているので、そう簡単に頭がいいとかバカだとか断じることができるものではない。少なくとも俺はそう思う。一つのスポットライトで照らせば頭の良い人でさえ、多面的にスポットライトを当てて評価してみるとバカな部分もあったりする。頭がいいとかバカだとかいうのは、善人か悪人かというような問題で、一人の人間の中にそのどちらの部分もあるのではないだろうか。


ある友人がいる。幼稚園からの仲で、とても勉強のできる男だった。中学校の中間テストや期末テストなどは、5教科の合計が490点以上なのが当たり前だった。いわゆる優等生というやつで、そこだけを切り取ってみると、なぜ落ちこぼれの俺などと友人をやっていたのかわからないレベルである。当然、同じなのは中学校までで、高校は別になった。俺はウンコのような偏差値の高校に進み、彼は県内トップの高校に進んだ。しかし、家も近かったし、高校進学後も彼とはよく遊んだ。夏休みや冬休みなどは俺の家に何日か続けて泊まっていくこともあったし、俺が高校から帰ると勝手に部屋にあがりこんでいるというようなこともままあった。

あれはたしか高校二年の冬のことである。俺は部屋の机にコタツをつけたかったのだが、部屋がひどく散らかっていて、掃除をしないことにはコタツはつけられないというような状況になっていた。俺は昔から掃除というのができない人間で、自主的にやったことがない。掃除はしたくない、しかし、コタツはつけたい。俺はその友人を呼び出し、取引を持ちかけた。
「ことによると、お前は自分の部屋にいるより俺の部屋にいる時間の方が長いのではないか? 俺はコタツをつけたいが、掃除をしたくない。お前もコタツに入りたいが、お前の部屋にはテーブルもなければ、コタツもない。お前が俺の部屋を掃除すれば、お前はコタツに入れるし、俺は掃除をせずに済んで、皆ハッピーなのではないか?」
彼はその要求を呑んだ。彼はせっせと掃除を始めた。俺はベッドで少年ジャンプを読んだ。ほこりがひどく、まず机の上や床にある大量の漫画や本を一箇所にまとめ、窓を開けてカーペットをベランダに出した。それから掃除機などをかけた。彼はよく働いてくれた。俺も安心してジャンプを読み続けることができたが、たまにほこりが舞ってくるので、その時は苦情を言った。
それから、順調に部屋はきれいになり、コタツが取り付けられた。捨てる予定の過去のジャンプはひとつどころに重ねられ、漫画や本などを本棚のあるべき場所に戻せばいいという段になった。俺は引き続きジャンプの「To LOVEる -とらぶる-」を読んで、古手川などに舌鼓をうっていたが、彼が妙な行動をしているのに気がついた。散らばった漫画や本を本棚に戻すことはせず、ある時は机の上に乗せたり、ある時は床に置いたりしている。その他、なぜか机の上にずっとあった五円玉や、文庫本を買うとついてきてそのたびに増えてしまう本の栞、買ったはいいが買って満足してしまったアクセサリー類など、机を清掃するにあたってどかしたものを、コタツのついた机の上にどんどん戻していく。
「待て待て待て」
俺は「To LOVEる -とらぶる-」を読むのをやめて、彼を制した。彼は不思議そうな顔をしていた。
「なに寸分違わず復元しようとしてんだよ。死んだ作家の記念館か、ここは」
俺はそう言って、彼に漫画や本を本棚に戻させ、また雑多なものを一箇所に集めさせた。
俺は掃除をしろと言ったはずである。彼にとっての掃除はほこりなどの汚れをおとすものであって、整理整頓は含まれないのだろうか。あのまま俺が「To LOVEる -とらぶる-」を読み続け、古手川のパンチラに集中していたらどうなったのか、今となっては少し気になる。


また、高校時代はこんなこともあった。俺は夏休みに長い間家を空けることになった。ただ留守の間気がかりなことがあって、それは勉強机の四段目に入っているエロ本のことだった。普通に考えれば、母親が勉強机の四段目を開けてエロ本と遭遇することなどないだろうが、それでもやはり出先でずっとエロ本の懸念をし続けなければならないというストレスは取り除きたかった。そこで、俺は「ジョジョの奇妙な冒険」を全巻彼に貸し出すことにしたのである。どういうことかというと、大きな紙袋の底にエロ本を入れて、その上に「ジョジョの奇妙な冒険」を全巻重ねてカムフラージュする、それをあたかもジョジョだけのように貸し出すという作戦だ。俺は家を空ける前日に、呼ばれてもいないのに彼の家に行き、頼まれてもいないのに「ジョジョの奇妙な冒険with素人娘」を貸し出した。
それから数日後、彼からの連絡を受け取った。彼の家庭はいわゆる「おかたい家庭」だ。紙袋の底からエロ本が出てきて、あやうく親に見られるところだったなどと、さぞや怒り狂っていることだろうと思いながらメールを開いたが、俺の予想は外れることとなった。
「エロ本の袋とじのDVDの質が悪すぎる。モザイクも大きいし、女優の質も悪い。あの中で一番マシな女優を見つけて妥協するしかなかった。虚しく、最悪な気分だった」
案に相反して、それはエロ本に付属しているDVDの批評であった。というか苦情であった。エロ本を忍ばせていたことはお咎めなしというか、触れられもしなかった。俺は一人で笑ってしまった。
それから数日後またメールが来た。
「シーザーが死ぬところは熱い」


それから時は流れ、俺達は成人した。お互いに就職をし地元を離れた。そして迎えた初めての盆休みのことだ。これから盆休みに入るという時に、彼から連絡が来た。内容は、実家に帰省したいが車を停める場所がないので、俺の家の庭を盆休み中の駐車場として使わせてくれないか、というものだった。俺は当然了承した。しかし、ただ普通に了承してもつまらぬという考えが働き、「別に庭に停めてもいいけど、菓子折りのひとつぐらいは持ってくるのが礼儀というものだぜ」と冗談を言った。
俺が実家に帰ると、彼は一足早く帰省していたらしい。庭にはもう彼の車が停まっていた。親にはそのことを伝えてあったのでなんら問題はない。
盆休みだからといってとりあえず帰省はしたのものの、その日は予定がなかった。久々の実家だが暇を持て余してごろごろしていると、インターホンが鳴った。俺の客など来るはずがないので、反応はしなかった。母親が玄関に出ていった。ほどなくして、母親からお呼びがかかった。なんだろうと思いながらも玄関に向かった俺は、絶句した。玄関口に立っているのは彼のお母さんではないか。そして手には菓子折りが握られている。
「車停めさせてもらっちゃって、ごめんなさいね。これよかったら食べて」
これには閉口してしまった。しかし、はっと我に返って頭を下げて菓子折りを受け取った。どれだけバツが悪かったことか。
彼は、俺が本気で菓子折りを望んでいると思ったのだろうか。俺が昨日今日会った人物というならわかる(だとしても菓子折りを持ってこいなどと言うのは相当不遜だが)。しかし、幼稚園の頃から一緒にいて俺がどういう人間か、またどういう冗談を言うかも知っているはずである。百歩譲って、俺が本当に菓子折りを望んでいるとしよう、だとしてもお母さんを使いに出すか? 帰省する道すがら買っておいて、庭に車を停めた際に渡せばいいではないか。
彼のお母さんが帰ると、すぐ菓子折りを開封して食べた。菓子折りは隣町のケーキ屋のおいしいシュークリームだった。シュークリームは好きだ。これは素直に嬉しかった。ぺろりと二つたいらげてしまった。それからすぐ彼に電話をかけた。彼はさも当たり前のように、お母さんに菓子折りを持っていくように頼んだと言った。
「バカかお前は。本当に菓子折りを持ってくるやつがあるか」
俺は呆れ果ててしまった。
そのあと、そういえばお互いに帰省しているのだなあと思い、夜は二人で飲みに行った。


俺は彼の学力の恩恵を多分に受けた。学生時代、テスト前日や当日の朝に勉強を教えてもらい、それで俺はペーパーテストをギリギリの水準でしのいでいた。彼はとても勉強ができる。また、授業を真面目にきいていない俺が一夜漬けならぬ当日漬けでどうにかなるように勉強を教えられるほど、教科を深く理解している。なのにかなりのバカなのだ。今思い付いた三つを挙げたが、エピソードはそれだけでなく、全部挙げていけばきりがない。本当にバカだ。しかし、彼がただ勉強ができるだけの男であったなら、多分つるんでいないとも思う。

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