【サスペンス小説】その男はサイコパス 第17話
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ガラス窓のついたドアを開けて、ダーツコーナーに入った。真先を探すがいない。10分ほど待つが現れない。
知也の職場の最寄り駅は新宿駅だ。今いる漫画喫茶は新宿駅の近く。副都心新宿の駅の周りには、他にも何軒ものダーツコーナー付きのインターネットカフェやダーツバーがある。
知也は考えた。一つ一つ虱(しらみ)潰しに探して回るか? いるとは限らないが。
考えただけで面倒になったので探すのは止めた。探偵ごっこのような真似など、それこそ行政書士の仕事ではない。
スマートフォンをチェックするが田中弁護士からの返事はない。
さて、これからどうするか?
「ダーツか。一つやってみるかな」
指定の料金を払いに支払いカウンターに戻る。貸し出し用のダーツを半ダース受け取ってから、またダーツコーナーに戻った。
薄暗い中に、ダーツの的(まと)が光に彩られてくっきり浮かび上がる。その的を狙って、少しだけ重みを感じるダーツをかまえ、投げる。初めてにしては上手くいった。
20分ほどダーツを的(まと)に投げ続けた。的を外しはしないが、上手く中央部には当てられない。まるで俺の人生のようだとも思えてきた。仕事は上手くいっている。私生活での付き合いに関してである。
「集中力と自己コントロールか。確かにある程度効果はあるのかも知れないな。それにけっこう全身の運動にもなる」
的から目を離して周囲を見渡した。と、コーナーへの入り口のガラスのドアから、探している男が入ってきた。薄暗い上にやや遠い位置だ、顔まではよく見えない。服装と身の丈は、間違いなく真先だと確信できた。
知也は気がつかないふりをしてダーツを投げ続ける。真先の方は見ないで的を見つめているふりをしながら、視界の隅(すみ)には捉えている。
真先はこちらに向かってきた。
ほう、コソコソ付けるのは止めて『話し合い』か?
知也はニヤリとした。
しかし真先はこちらには来なかった。2つ分離れた的の前に立ち、そこにあるソファに荷物を置いた。小ぶりの迷彩柄の布製のショルダーバッグだ。日差しを防ぐためだろうと思われるつば付きの帽子も脱いで、これもショルダーバッグの上に置いた。
ダーツコーナーの明かりは弱く、真先の微妙な表情の動きまではよく分からない。チラチラとこちらを見ている、気がした。真先の腕は確かで、的の中心にドンドン当ててゆく。
知也は自分に割り当てられた的の前の台から離れた。真先がいるソファの前に近づいてゆく。
「はじめまして。いきなりで失礼します」
真先に声を掛けた。相手は驚いているようだ。今は近くにいて表情も分かる。悪巧(だく)みをしているとは見えない。悪巧みをしていながら、隠せるタイプにも見えない。水樹の話でもそうだった。仮に多額の遺産に目が眩(くら)んでいるのだとしても、根本的気質はそうそう変わらないだろう。
「はあ、何ですか?」
警戒心がはっきりと感じられた。
跡を付けてきていてそれはないだろうと知也は思う。警戒したいのはこちらの方だ。
「私はダーツは初めてなんですよ。貴方は実に慣れておられますね」
「ええまあ。学生時代からの趣味なんで」
真先は気を良くしたようだ。
「始められて長いのですか?」
「中学からやってます。8年になりますね」
「それはすごいですね!」
サイコパシースペクトルの持ち主特有の人当たりの良さを、この時遺憾なく発揮した。真先はさらに気を良くしたようだった。
容易に警戒を解いたな? 内心でそう考える。それとも、打ち解けたのは見せかけだけ、もあり得るか? とも思う。
「まあ地味な趣味ですよ。体育会系ではないので、運動部には入れなかったんです。従兄弟は弓道部を6年間も続けましたが僕にはとても」
「弓道ですか。道具をそろえるのが大変そうですね」
「それもありますね。まあ従兄弟はその点は苦労しなかったですよ。親の収入はそれなりなので」
従兄弟が水樹を指しているのなら、それなりどころではない。かなりの収入と言うべきだ。時道爺さんにはかなわないとしても。
というのも、水樹の母親は大企業の顧問弁護士の一人だからである。経営者には向かないと判断して、長女だが後を継ぐのは止めたのだ。水樹が三橋大学在学中に司法試験を受けたのもそれが大きな理由の一つだった。
時道老人にとって娘婿である水樹の父親は、時道老人の会社の重役の一人となった。仕事はほぼ任せているが、まだ社長の座は時道翁が握っている。
「そうなんですか。いいところの育ちの方なんですね」
「そうですね。従兄弟は祖父にも気に入られています。真面目で優秀だから」
確かに真面目で優秀だが、自閉症スペクトラムの持ち主だ、お前は違うだろ。そう言ってやりたかった。
真先の目に浮かんだ、嫉妬とも言い切れない、何とも言えない僻(ひが)み根性が大いに気に入らなかった。
お前は少なくとも水樹とそう違わない境遇で育ったのじゃないのか? 何もド底辺からはい上がれなんてことは言わないが、少しは自分に与えられたカードを上手く活かすのを考えろとは思う。
水樹自身は、こんな風に従兄弟が思われるのを望みはしないだろう。あいつはそういう奴だ。それもあって時道爺さんは、水樹がお気に入りなのだろうなと考えた。
「あなたも真面目そうに見えますよ。頭も悪くはないでしょう」
それは必ずしもお世辞ではない。真面目か不真面目かで言えば真面目に見える。話した感じでも、受け答えは明瞭で頭の回転は鈍くはなさそうだ。
「でも水樹にはかなわないですからね」
「従兄弟さん、水樹さんとおっしゃるんですね」
我ながら白々しいと感じたが仕方がない。
「ええ、そうですよ。あなたは知っているでしょう、名尾町さん」
なるほど。そう来たか。
名尾町と呼ばれた男は、今とてもエキサイティングな気分だった。
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