復讐の女神ネフィアル【裁きには代償が必要だ】第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第15話

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 もはや どれだけ言っても従者は頑なな心を変えず令嬢を連れて逃げ去ることもしないであろう。そうと察したのでアルトゥールは、もうそれ以上言わなかった。

 無意識のうちに抑え込んできた冷ややかな闘志が、体の中に、そして精神にも湧き上がる。神官は通常は鋭利な刃物を使わないものだが、その時の意識は従者が持つ剣よりも、なお鋭く研ぎ澄まされていた。

 ラモーナの悲鳴が聞こえなくなった。どうやら気を失ったらしい。もう今となっては、そちらに視線を走らせている余裕はなかった。

 ここで必ず仕留める。出来れば足に打撃を与えて身動きできなくして、死なせはしないようにしたい。この期に及んでそんな風に手加減をするつもりでいた。だが相手がそれを許してくれるかどうか? こちらが本気になって掛からねばならないのなら、相手の命を助ける余裕はない。

 ハイランが呼び出した金色のドラゴンも気になる。ネフィアル女神のいる神界には、様々な神々の使い魔がいる。アルトゥールが使役する、金色の妖精もそのうちの一種である。 この妖精は体も小さく戦うことはできない。ドラゴンは違うようだった。気にはなるが、あちらはリーシアンとジュリアに任せるしかない。そうアルトゥールは判断する。

「畜生、おっさん、卑怯だぞ!」

 リーシアンの叫びがまた聞こえた。

「今は目の前の敵を倒すことを考えましょう」

 ジュリアの声がした。アルトゥールは、今はもう そちらの方を見ていない。視界の隅に映すことさえもしない。自分の敵に集中していた。

 敵、そう従者をそう認識していた、今となっては。一旦決断したら後の動きは速かった。従者が持つ短い剣が届かない位置にまで下がってから、暗い赤の光が宿る重いメイスを両手で握る。

 大振りはしないで、体の前でかまえたまま待つ。敵は突進してきた。アルトゥールはかわす。敵の側面に回り込んだ。

 突きを入れてきた敵の側面は、何の防御も出来ない状態である。先ほどメイスを叩き込んだ肩に、素早くもう一度叩き込んだ。敵は苦鳴を上げて倒れた。鎧を身に着けていなかったのが、彼にとっては災いしたのだ。

 令嬢の悲鳴は聞こえない。もう気を失ってしまっているのだろう。そう思って、従者がもう決して起き上がってはこれないのを確認してから、ラモーナの方を見た。彼女は馬車の前で倒れていた。 ついに自分の力で馬車の中に入ることは出来なかったのである。

「まだ僕を殺さないと気が済まないか?」

 アルトゥールは尋ねてみた。従者は気丈にもアルトゥールを強く睨みつけたが、殺意は失せているようだった。

 ここで止(とど)めをさしてもかまわない。それでもジェナーシア共和国の法に逆らわぬようにすることも出来る。どうせ法の国時代と異なり、精密な取り調べ など不可能なのだ。しかし武器を振り下ろすのはやめておいた。代わりにリーシアンの方に向かう。

 正確に言うと、リーシアンと相対している金色の光のドラゴンの方に、だ。リーシアンと、前後からはさみ打ちの形にして戦えればよいが、そうはいかないだろうと思う。

 側面に近づくと、幸いなことに、光の竜はアルトゥールに気がつかなかった。眼前のリーシアンとジュリアに対するので手一杯 のようであった。

 側面よりもやや後方から、メイスで殴る。

 光のドラゴンは少しひるんだようだが、軽く身をかわしただけで、相変わらず頭は、北の地の戦士と聖女の方に向けたままである。

 と、その時に、光のドラゴンは消えた。忽然と、現れた時と同じように消えたのである。

「いや違うな、神界へ帰って行ったんだ」

 アルトゥールがリーシアンに言った。ジュリアはうなずく。

「そうでしょうね」と。

 彼女も高位の神官として、何らかの使い魔を使役出来るはずであるが、その様子を見たことはない。

 神殿での地位にかかわらず、彼女の神官としての、つまり神に認められた存在としての位は高い。

  それはアルトゥールも同じことである。さりとてハイランは、このような光のドラゴンを呼び出せるからには、より一層女神からの加護を強く受けている存在だと分かる。

「ジュリア、僕が以前言ったことを覚えているか?  いや、覚えていなくてもかまわない。法の国の時代、多くの者に危害を加える邪悪でおぞましい存在を、戦いによって退けたネフィアル神官や戦士たちのことだ」

「ええ、覚えていますよ。あの後ルードラはどうなったでしょうか」

 それを聞いて、アルトゥールはため息をついた。ルードラを取り逃がしたのは手痛いが、自分の過ちを認めないわけにはいかない。

「幸い、力を持った魔女が何か悪さをしたという話は聞かない。もし聞いたならどうする? 僕たちには、彼女を成敗する責任があると思うかい? それとも、まだ誰かが僕たちに直接依頼をしてこない限り、このまま放置していいと思うかい?」

 ジュリアは答えようとして、ためらった。アルトゥールは左手を上げて止める。

「いや違うな。今、言いたいことはそういうこと じゃない。つまり僕があの時言ったこと、より強大な悪を退治するために、こちらもある種の悪、あるいは過激さをまとわねばならない時があることだ。 でもそれは一人の人間の中に穏健さと過激さが共存するのではなく、ネフィアルに仕える神官の中に過激な者もいる。そんな風に女神がしたんだ」

 ジュリアは黙って聞いていた。リーシアンもである。二人とも理由は違うが、この件を快く思っていないのは明らかだった。

「この時代は、それがうまく機能していた。まあ末期になるまでは機能していたんだ。結局はそれが裏目に出て、『法の国』は滅び、今では女神の教えも『法の国』も悪評 にまみれている」

「今ではもう悪評にまみれてなどいませんよ。もちろん、今でも忌避感を抱く人はたくさんいます。 私もその一人でしょう。でも、そんなふうにしてきたのはおそらく間違いだったのでしょうね。 反動で、ハイランのようなものを支持する者まで現れましたから」

「でも彼のような存在も実は必要なんだ。ただ、彼は言うなれば悪を狩る猟犬だから、うまく手綱をつけて飼い慣らさなければならない。決して彼が飼い慣らす側に、主人の側になってはいけないんだよ。人間は猟犬を飼い慣らす。人間が猟犬に飼い慣らされてはいけない。そういうことなんだ」

「まあアルトゥール、いくら酷い事を言う人とはいえ、人間を猟犬に例えるなんて」

「これはあくまでも物の例えだ。人には、それぞれの役割がある。彼は例えて言うなら、悪を狩る 猟犬であって飼い慣らされなければならない存在だってことさ。法の国時代からずっとそんな風に言われてきた」

「でも、どうやって彼を飼い慣らすなんて言うんです? あなたにそれができるんですか? もちろん私にだってできないでしょう。私は彼を倒すか、さもなく生かして捕らえて、役人に突き出します。そうするしかないのです」

 リーシアンはこの間、何も言わずに二人の様子を見守っていた。

「そうだな。僕もそうするしかないと思う」

 アルトゥールは、ただそうとだけ答えた。曇っていた空が晴れた。雲の隙間から太陽がその姿を見せる。空は少しずつ、青く晴れ上がりつつあった。

続く

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霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

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