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【厳然たる事実に立ち向かえ】ウィルトンズサーガ2作目『深夜の慟哭』第15話

マガジンにまとめてあります。


「ヴァンパイアになる? あなたが?」

 ウィルトンは思わず、令嬢の言葉を繰り返した。

「そうよ、驚いたかしら?」

「ええ、だって、そんなことは誰も知らない。俺も知らなかったのです」

「私の家族は知っているわ」

「今までは隠しておられたのでしょう、ご家族以外には」

「ええ」

 その時急に、外の風が激しくなったようであった。この三階の小窓の外側にある木戸が、激しく叩かれるような音がした。

「まあ、嵐かしら。春雷の音もしますわ」

「どうかはっきりと、すべてをお話ください。あなたは俺たちに何をさせようとしているのですか?」

 令嬢はすぐには答えなかった。

「棺の向こう側に長椅子が二脚ありますわ。お座りになって」

 二人はそうした。四人も掛けられる長椅子に、二人で並んで座る。向かい側の長椅子には、エレクトナが腰掛けた。

 長椅子と長椅子の間には、黒い大理石の長方形の卓がある。長椅子はやはり黒檀で出来ている。

 薄いクッションが敷かれていて、三人ともその上に座った。背中には、もたれるための厚いのクッションがある。クッションの外側は、黒い絹だった。

 座り心地は、良い。

「デネブルの支配をこの地が受けてから、アントニー様、あなたが領主の座を追われ、次の領主もデネブルに殺され、そして我が先祖がその地位に着きました。決して安穏としていられなかったのです」

「その事は知っています。私はその時も生きていました。生きて……その事実を知りました」

 ウィルトンは何も言えなかった。ごめんな、その痛みを分かち合えなくて。俺の知らない時代の話だ。伝聞では知っても、実際に見たわけではない。その時代を生きたわけでもない。

「アントニー、すまない」

「なぜ、あなたが謝るのですか」

「デネブルがまだまともだった時のことも、俺は何も知らないのに、怒鳴ったりして悪かった」

「いいえ、それは無理もありません。彼は確かに許されないことをしたのです」

 外では激しい風が吹いているのだろう、木戸が揺れて音を鳴らしていた。雨の音、雷の音も聞こえる。

 室内には魔術の明かりがある。ろうそく三本くらいの明るさだ。入ったときから明かりは点いていて、それでも広い部屋の隅までは見えない。

 黒い黒檀の部屋、黒いドレスの令嬢。貴族令嬢の髪も瞳も、艷やかで黒い。部屋の中央に安置された棺も、また。

「春嵐か。月も星も隠れて、外も真っ暗、黒い闇なんだろうな」

 窓に顔を向けながらアントニーに言った。エレクトナは、

「外はそんなに暗くはないはずですわ。屋敷からは常にほのかな光が放たれていますの。ご覧になったでしょう?」

と微笑みながら言う。

「はい、銀の月のように美しいですね」

と、アントニー。

「デネブルが、私たちの先祖にこの屋敷を譲ったと聞きますわ。それ以前は、他の貴族の物でした。そう、それが隣の領地の貴族の先祖なのですわ」

 それはそれは。ウィルトンは心の中でつぶやく。そんな因縁があったとは。

「隣の領地の貴族と交渉するのですか?」

 ウィルトンは、ずばりと訊いた。もうそろそろ、核心を教えてくれてもいい頃だ。

「隣の領地の貴族の名はシェルモンド。アーシェル・フェルデス・シェルモンドと、言いますの」

 令嬢は、まだ率直には答えてはくれなかった。

「フェルデス? それはアントニーの家門の名では?」

「古王国の貴族には多かった名です。元々は優れた魔術師や戦士への称号でした」

「そうよ、屋敷をデネブルに奪われても、彼らは生き残ったの。今は小さな領地しか持たない。領主のアーシェルは、そうやってデネブルの支配下で生き延びたのよ」

 ウィルトンは話を聞いてため息をついた。

「何というか、貴族も大変なんだな。それにしても、デネブルは案外甘いところがあったんだなと思います。後で裏切りそうな者はこくごとく殺したりはしなかったのですね」

「そんなにたくさんの人間を、特に貴族を殺しては、代わりに彼の広大な支配領域を管理してくれる者がいなくなりますからね。無駄に反乱や逃亡を増やすのも下策です。甘いと言えば甘いのかも知れませんが。実際にシェルモンド一族はデネブルに逆らいはしなかった。私もきっと味方につくのだと思われていたのでしょう。いつかは諦めて、軍門に下るのだと」

「そうですわね、アントニー様。でも今となっては、シェルモンド家の、デネブルを油断されたその力と領地の小ささが、周囲から脅かされる原因となるかも知れません。アーシェルはそう考えています。デネブルが倒されてすぐに、私のお祖母様に使いを寄越しました。今はこの領地の中に、彼の祖父がいます。父代わりに育てた男なの。云わば人質というわけね」

「その老人は、俺たちを危険な存在だと見なしているのですか?」

「ええ、そのようね」

「貴女ご自身はいかが思われますか、エレクトナ様」

 豊かな黒髪を揺らして、貴族令嬢は微笑んだ。

「私はあなた方を信頼していますわ」

「それで俺たちに何をさせたいのですか?」

「アーシェルに祖父を見捨てさせますわ」

 ウィルトンは思わず耳を疑った。アントニーを見る。盟友は冷静な態度のまま、じっと令嬢を見つめていた。

続く

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