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【童話】「武蔵の池」の小さなピィちゃん

池のしげみで、おかあさんカモが、6つのタマゴを抱いています。
ほら、ひとつずつ、まず4つのタマゴからヒナが生まれました。
ピヨピヨと、小さな声がきこえます。
残りの2つのタマゴは、まだです。
おかあさんは、心配になって、タマゴをコツコツと、くちばしでたたいてやりました。
「はやく、出てらっしゃい!」
すると、2つのタマゴにヒビが入って、やっと、2羽のヒナが生まれました。


ヒナたちは、おかあさんについて、泳ぎます。
ピヨピヨと、かわいい声が、きこえます。
いっしょうけんめい、おかあさんを追いかけます。
4わのヒナが、先をあらそい、小さな2羽が、うしろを追いかけます。


ヒナたちは、おかあさんについて、歩きます。
ヨチヨチと、小さな足を動かします。
いっしょうけんめい、おかあさんを追いかけます。
4羽のヒナが、先をあらそい、小さな2羽が、うしろを追いかけます。


橋のうえから、こどもが、指でかぞえます。
「1、2、3、4!」 「5、6!」
「ヒナは、6羽だよ!」
おかあさんが先を泳いで、6羽のヒナが、追いかけます。


その日の、夜のことでした。
暗くて、こわい夜でした。やみの中で、何かのかげが、動いていました。
おかあさんは、とても不安になりました。
ヒナたちに、「はなれてはダメよ!」と言いました。


あくる朝、いちばん小さなヒナが、いなくなっていました。
おかあさんが先を泳いで、5羽のヒナが追いかけます。
橋のうえから、こどもが、指でかぞえます。
「1、2、3、4!」 「5!」
「あれ、ヒナが5羽に、なっちゃった。」


5ばんめのヒナのピィは、ひとりぼっちになりました。
おかあさんを追いかける4羽のうしろを、少しはなれて泳ぎます。
4羽は、いつも、げんきです。
「はやく、おいでよ!」
ピィは、いっしょうけんめい、追いかけます。
おかあさんは、少し、心配です。
「はやく、いらっしゃい!」
ピィは、いっしょうけんめい、追いかけます。


ヒナたちは、少しずつ大きくなって、ますます、げんきに泳ぎます。
4羽のヒナは、おかあさんを、追いこします。
水の光を追いかけて、アメンボウを追いかけて。
ピィは、まだ、小さいのです。
おかあさんを追いかけるのが、やっとです。


4羽のヒナは、池のはしまで、泳ぎます。
「あまり、遠くに行ってはダメよ!」
おかあさんは、呼びかけます。
ピィはいつでも、おかあさんの近くから、はなれません。
「ぼくは、かあさんのそばがいいや!」


おかあさんは、心配です。
はなれた4羽が、遠ざかっていきます。
おかあさんは、そばにいるピィに、言いました。
「あなたも、にいさん、ねえさんたちのところへ、行っておいで!」
でも、ピィは、小さすぎました。
「やっぱり、かあさんのそばがいいや!」


ヒナたちは、どんどん大きくなって、羽根がのびてきます。
おかあさんの姿に、似てきました。
ときどき、つばさを、ひろげてみせます。
「まだまだだね、まだ、はえそろってないや!」
ピィもおなじでした。羽根がのびてきました。
でも、やっぱり、からだは小さいのです。


にいさんたちは、さくを、とびこえて、泳ぎます。
おかあさんが、追いかけます。
ピィは、さくを、こえられません。
「こちらへ、いらっしゃい! さくを、こえていらっしゃい!」
おかあさんは、知っています。
ピィが、さくを、こえられないのは、勇気が足りないだけなのです。


にいさんたちは、池のむこうに、行ってしまいます。
おかあさんは、こまっています。
ピィが、さくを、こえられずにいるからです。
「いかないで! いかないで!」
ピィが、ひっしに、鳴いています。
「はやく、こちらへ、いらっしゃい!」
おかあさんは、しんぼうづよく、ピィを待っています。


「いかないで! いかないで!」
ピィは、ひっしに、泣きさけびます。
「かあさん、ぼくを、のこしていかないで!」
おかあさんは、にいさんたちを、追っていくふりをします。
「いかないで! いかないで!」
ピィはそういいながら、いつのまにか、さくを、のりこえていました。
おかあさんは、やっと安心して、にいさんたちを、追いかけます。
ピィは、おかあさんを、追いかけます。


ピィはやっぱり、ひとりぼっちです。
にいさんたちは、向こうのしげみに集まって、ひなたぼっこをしています。
少しはなれて、おかあさんが、見まもります。
ピィは、おかあさんのそばから、はなれません。
ひとりぼっちでいるのです。
なかまはずれにされているのでしょうか。
そんなことはありません。
「やっぱり、かあさんのそばがいいや!」


ヒナたちは、すっかり、成長しました。
その姿かたちは、おとなのようです。
おかあさんと、見わけがつきません。
ときどき、羽根をひろげます。
「そろそろ、飛べそうだわ!」
おかあさんは、思います。
「ほら、はばたいてごらんなさい!」
でも、ピィは自分を見て、思いました。
「にいさんたちは、いいなぁ。ぼくはまだ、ちいさすぎる!」


ある日、おかあさんが、いなくなりました。
こっそり、姿をかくしたのです。
にいさんたちは、言いました。
「かあさんを、さがしにいこう!」
池のすみずみまで、泳ぎました。
ときどき、はばたいてみました。
からだが、軽くなったような、気がします。
飛ぶ練習をしていたのです。
おかあさんは、ずっと、ながめていました。
姿を見せて、言いました。
「そろそろ、飛べそうね!」


ピィは、どうしていいのかわかりません。
おかあさんに、言いました。
「ぼくは、まだ、とべないよ。だって、まだ、こんなにちいさいから。
 ぼくは、かあさんのそばがいい!」
おかあさんは、言いました。
「あなたも、もうおとなよ。にいさんたちと同じだわ!」


にいさんたちは、毎日のように、はばたく練習をします。
おかあさんのまねをして、水の上を、走ってみせます。
「ぼくたち、そろそろ、とべそうだね!」
でも、ピィだけは、ちがいます。
「ぼくは、まだまだ、とべないよ。」
はえそろっている羽根をとじて、水の上を、ぐるぐる泳ぐばかりです。


ピィは、池で、ひとりぼっちになりました。
朝、いっしょだったおかあさんは、いつのまにか、どこかへ行ってしまいます。
にいさんたちは、池と岸べを、自由に行き来しています。
思いおもいの場所で、羽根をひろげて、ひなたぼっこをしているのです。
ピィは、いつも、おいてきぼりです。
でも、しばらく待てば、おかあさんがもどってくるのを、知っていました。
「かあさん、はやく、もどってこないかなぁ!」


やがて、飛びたつ日が、やってきます。
にいさんたちは、飛ぶじゅんびに、よねんがありません。
池の上を、いきおいよく、すべってみたり、走ってみたり。
おかあさんが、声をかけます。
「さぁ、今日は、巣立ちの日よ!
 かあさんのもとをはなれて、自由になるのよ!」


ピィは、池に、とりのこされました。
おかあさんも、にいさんたちも、どこへ行ってしまったのでしょう。
池は、すっかり、静かです。
「きっと、かあさんはもどってくる!」
何時間が、過ぎたでしょうか。ピィは、ねむっていました。
「いかないで! いかないで!」 「かあさん、いかないで!」
夢の中で、ひっしに、泣きつづけました。


目がさめても、おかあさんは、帰ってきません。
にいさんたちも、帰ってきません。
ピィは、首をのばして、さがしました。
空には、雲が流れるばかりです。
風が、ゆるやかに、吹いています。


ピィは、池を泳ぎまわりました。
「きっと、もどってくる!」 「きっと、もどってくる!」
そう思いながら、むちゅうになって、足をけりました。
「みんな、どこに、いってしまったのだろう!」
ひっしになって、首をのばしました。
首をのばして、足をふんばると、羽根に風があたりました。
「みんなのところに、いかなくちゃ!」
思わず、つばさをひろげて、ばたつかせました。
「かあさんをさがしに、いかなくちゃ!」


気がつくと、ピィは、池から、飛びたっていました。
水面が、どんどん、遠ざかっていきます。
「そらが、こんなに、ひろいなんて!」
「いけが、あんなに、ちいさいなんて!」


どこからか、おかあさんがやってきて、ピィの横を飛んでいます。
「あなたも、もう、一人前ね!
 かあさんのそばをはなれて、自由になるのよ!」
まわりを、にいさんたちや、ねえさんたちが、囲んでいました。
みんなで、ピィを、待っていたのです。
「さぁ、自由な世界に、旅立とう!」


(おわり)                                              ©2021 Hiroshi Kasumi

※「武蔵の池」は、「武蔵国分寺公園」(東京都国分寺市)にある池の名前です。この話は、池で育つカルガモの雛を見ながら思いついた創作です。

筆者へのメール: kasumi@tokyo.ffn.ne.jp


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