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【詩】野火止用水

用水の道を辿っていた
草の茂みがあった
確かな流れがあった
鯉が泳ぐ背中があった
森に続く道があった
命をはぐくむ畑地があった
 
風が吹いていた
土ぼこりがあがる
つんと鼻を刺すのは
懐かしい泥のにおいだ
陽射しが照りつけている
ぱちぱちと焼く音が聞こえる
竹藪の向こうに熱い気配がある
鳥たちが飛びたつ
獣たちが足をかける
人々が逃げまどい
燃えさかる炎におびえている
火を水がせき止めた
人は安堵をとりもどした
 
水を通す深い溝は
溜めては流し、溜めては流して
淀みと奔りを繰り返す
せせらぎが聞こえた
鳥のさえずりが聞こえた
花をめぐる羽音が聞こえた
畑に育つ呼吸が聞こえた
 
遠くで声がする
白い狼煙が立ちのぼる
やわらかな野焼きの煙だ
踏みしめる地響きが聞こえて
小高い塚に人影が見えた
風をみつめている
飛び火を見張っている
「野火止は、火の見の砦」
ほとりの手紙が教えてくれた
 
台地は太陽に焼かれている
染みた汚れを焦がされて
疲れも痛みも
哀しみも苦しみも
紅蓮の炎に焼き尽くし
くたびれ果てた枯れ土を
灰の堆肥によみがえらせる
 
陽炎のむこうに
渇きにあえぐ人がいる
雨をもとめる土地がある
水路を満たす流水が
しぶきを散らして溢れ出た
存分に喉を癒し
惜しげなく耕地を湿して
やがて細って消えていった
 
蒸発していく
台地に燃える命の汗が
灼熱の空に向かって
湯気となり、湧きあがる
虹色の風のむこうで
トカゲの影が
旅の終わりを告げている
涸れた残滓をむなしく探り
暗渠の蓋を辿ろうとする
深みに閉じ込めた亡き骸を
よびとめようと


©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。