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【詩】カルロフォルテ(孤島)

真冬の海は荒れている
対岸の大きな風車の、白い羽根が
力まかせに、まわっている
サルデーニャ、西の沖合い七キロ
人口六千人の小さな島、唯一の港は
年明けの一日、門を閉ざす

埠頭は、潮風に吹かれるまま
鳥の姿もなく、口を噤んでいる
昨夜、花火が映し出していた突堤の
焦げ色の縁を、波しぶきが冷ましている

この日、扉を開く店はない
マグロ漁りが、海に出ることもない
旅人は、ホテルのフロントに教えられた
ただひとつの店で、食事をする
限られた食材の、数少ないメニューも
仕込みが尽きれば、それまでだ
束の間の、ささやかな温もり
この場限りの、寂しすぎる賑わい

岸辺を揺らす、波の声音が
路地裏まで、忍び込む
哀しげに、喉元を震わせる
立ちどまれば、凍えてしまう
のぞみも、あきらめも
あこがれも、うらやみも
壁の囲いに閉じこめて
黙ったまま、息を潜めている

家の中にあるはずの珈琲の香り
年の瀬の、酔いに任せた語り合い
一夜限りの、もてなしの名残が
ほの赤く、ともし火のように
舌なめずりを、繰り返す

町の外れは、岩ばかり
斜面を襲う風の音
通り抜ける潮のしぶき
頼りなく翔ぶ海鳥の叫び
島はすべなく、波に洗われ
北西の風に、身を伏せて
容赦ない怒濤に揉まれている

あぁ、この島のこの町で
あまたに知られることもなく
命尽きるその日まで
波間を生き抜く島人よ
釣果のゆくえを知ることもなく
遠い異国に夢を追う
明日の船を待ちわびて

戸口で、黒猫が欠伸をしている
フロントは笑顔で、楽しんだかと訊ねる
あぁそれなりに、と答えると
素敵な今宵を、と鍵をわたした
部屋は、じっと黙り込んで
遠い水平線を、窓辺に浮かべる
熱いシャワーを素肌に浴びて
孤独の温度を確かめている


©2023  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。