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【詩】ゆがんだ街

緩やかにくだる道のむこうに
見慣れていたはずの、景色があった
そこには、水をたたえた濠がある
濠のむこう側を、電車が走っている
冬になると、水鳥が遊んでいた
春には、満開の桜がきれいだった

冷たい風が、泣いている
枯れた土手を、吹き抜けていく

停止線に並んでいた、タイヤの群れが
信号の合図で、走りはじめる
濠に面した、何もない空間を
前だけを見つめる人々が
先を急いで、通り過ぎていく

丘にあがる坂のほとりに
見慣れていたはずの、木立があった
空に向かって、背伸びするビルが
したり顔で、立ちはだかっている
その下で、昔なじみの生け垣が
恥ずかしそうに、震えている
門を行き来する学生たちは
小鳥が遊んだ、陽だまりを知らない

真綿の月が、みつめている
ビルのむこうの、空に貼りついている

目を落とすと、水面に揺れていた
カモたちが、渦を巻いて泳ぎ出す
濠を見おろす空間を、秩序なく
虚勢を張り合う看板たちが
これ見よがしに、文字を放つ

濠をわたる橋のたもとに
忘れられないはずの、路地があった
空を切り取る、ひしゃげたフォルムが
満足げに、肩をそびやかす
そのまわりに、染みついた匂いが
窮屈そうに、うつむいている
道を闊歩する若者たちは
せせらぎに聞く、安らぎを知らない

風はすべなく、泣いている
波打つ淵に、涙を溜めている

眼ざしの先にあるのは
揺れている、ゆがんだ街だ
地平は、捻じ曲げられている
起伏は、虐げられている
眺めを、顧みることもなく
泡沫の影を、つかむばかりだ
刻まれていたはずの面影は
踏みにじられて、捨てられた
哀しみは、仮初の狂喜に跪いて
濠の水辺に身を投げた


©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。